第30回数学教育論文発表会(日本数学教育学会),1997.11.23
論文発表の部

Geometric Constructor による数学的探究の制約と多様性


−主要3機能(変形・軌跡・作図)に関連して-

愛知教育大学

 飯 島 康 之 

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yiijima@auecc.aichi-edu.ac.jp
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要  約

作図ツールGeometric Constructor の3つの主な機能,変形・軌跡・作図に関して,それらによる探究の方向づけと制約および,それによって生じる探究の多様性を明らかにした。そして,探究の多様性の背景には,探究のインターラクティビィティがあることと,特にソフトによる探究の制約が大きな役割を果たしていることを明らかにした。

0.はじめに


飯島[1996]では, 「我々の数学的探究, 特に教室での数学的探究は様々な制約の中で行われているため,環境の変化によって,様々な変数が変化する。テクノロジーの影響を明確化するためには,それらの様々な変数について,様々な具体的な事例を収集・分析・議論することが不可欠である。」と述べ, 「(1) 『ソフト』によって変わる数学の特徴,(2)探究者の行動の変化と多様性,(3)授業者の変化という3つの観点から, そのような変数の候補を考察した」。
 数学的探究を支援するソフトには, (1) の特徴は不可欠だ。数学的概念や方法を「分かりやすくなる」だけではなく, その環境の中に, 「こういう行動によって, こういう数学的探究がより容易に行える」という探究様式が埋め込まれている。つまり, 探究者の行動は, その環境によって, 一定の方向づけと制約を受ける。この方向づけと制約の明確化は, ソフトの評価において重要である。
 また, 一斉指導の中で, 個々の生徒がソフトを使って探究する場合には,(2),(3)の変数も不可欠になる。また, 個々の生徒の探究において多様性が生まれることは, (3) の授業者の変化を生み出す原動力でもある。このような意味で, 「探究者の行動に関して, どのような変化あるいは多様性があるのか」は, 一斉指導で使用する数学的探究の支援ソフトに関しては, 重要な変数である。
 そこで本稿では,Geometric Constructorの3つの基本的な機能(変形・軌跡・作図)に関して,(1) 数学的概念・方法との関わりとソフトによる方向づけと制約,(2)多様性を生み出す手がかり, に関して明らかにする。

1.「変形」に関して


1.0 「変形」の定義と関数としての図形

 Geometric Constructor では, 図形を一種の関数として捉えている。独立変数としてのいくつかの点と, そこから階層的に構築される独立変数としての幾何的対象 (点, 線, 円)の総体によって図形を構成している。その独立変数である点を変化させたとき, その関数としての図形全体の変化が,Geometric Const- ructorにおける「変形」である。
 注目する現象によって, 探究の様相は様々だが, 変形によって方向づけられる3つの代表的なアプローチと関連する制約を述べる。

1.1 図形の関数としての図形

 最も典型的な問題が, 次の例1の図(四角形の各辺の中点を結んだ図) である。この図において, 「外の四角形ABCD」と「中の四角形EFGH」の対応を, 一種の関数として捉えることができる。このような図形を図形の関数として捉える見方が, 変形によって支援される。典型的な問いを挙げる。

例1:


データはこちら 一つの探究結果のまとめ

1.2 点の関数としての図形

Geometric Constructor の場合, 動かす対象は一つあるいは複数の点である。上記の例ならば, 「四角形EFGHの形状」を直接操作できるといいが, そうなっていない。そのため, 次の問い方も,Geometric Constructorにおいては自然な問い方になる。
なども自然な問いになる。つまり, 「数」の関数だけでなく, 「平面内の位置」の関数を自然に扱うことができるわけである。


 このことは,1.1 における制約にも関わる。Geometric Constructor では, 「点をどのように動かすか」を意識することが問題になるが, Q-11などのように, 形に注目して考えるべき場合は, インターフェイスは思考様式と一致しない。そのため, 授業においては, 「どういう形について調べるといいか」などの発問による思考の方向づけが必要になる。

1.3 エルランゲンプログラム的アプローチ


作図ツールを使うと, 様々な場合についての結果を観察することになる。特殊な場合にしか成立しないこともあれば, かなり一般的に成立することもある。F.Klein はエルランゲンプログラムの中で, 変換群による不変量として幾何学を分類することを提案した。変換群の包含関係等は,それぞれの幾何学の関連を生んでいる。このエルランゲンプログラムは幾何学の全体像を見渡す上で, 重要な考え方を提供している。
 しかし, 具体的な探究の場面においては, 最初に変換群が与えられているわけではない。むしろ, 何らかの図形とそこに成立する性質 (群) がある。そこで, 「ある図形に対して,性質群を見いだし,それらがどのような変換群の下で不変量になるのかを調べよ」をエルランゲンプログラム的アプローチと呼ぶことにする (飯島[1997]) 。
 このエルランゲンプログラム的アプローチでは, 次のような問いがなされる。

1.4 「変形」における探究の多様性


 発問をどの程度オープンにするかによって, 授業において生まれる多様性の度合いは異なるが, 「変形」に関しては, 次の事柄が, 多様性を生み出す手がかりになる。

2.「軌跡」に関して

2.0 数学における軌跡の概念

数学における軌跡には, 二つの意味がある。点が動いた跡としての軌跡と, 条件を満たす点の集合としての軌跡である。Geometric Constructor では, 次の拡張や制約がある。

2.1 幾何的対象の動いた跡としての軌跡

図形の動きを観察するとき, その「動き」あるいは, 「跡」に注目するのは自然なことである。そのとき, 「点」に限定する必然性はない。実際, 「直線が通過する領域」などの問題を考える場合は, 「直線の軌跡」を考えるのは自然である。そういう意味で,Geometric Constructorでは, 幾何的対象 (点, 直線など, 円) に関して, その動いた跡としての軌跡を実装している。
幾何学の伝統に反する点がある反面, いわゆる「軌跡の問題」と「通過領域の問題」に関して, 同様な接し方ができる。
また, 動きを記録として残しているだけだから, 曖昧さが残る。メモリの制約からあまり多くの軌跡を残せない。そういう意味で, 「推測や検証のための資料」としての軌跡である。また, 数学的には, ある数学的対象 (放物線など) を軌跡によって構成し, それを一つの幾何的対象として扱うことも可能だが, Geometric Constructor においては, 新たな幾何的対象を構築する手段としては使えない。

2.2 条件を満たす点の集合としての軌跡

Geometric Constructor における「条件を満たす点の集合」とは,1.2の「点の関数としての図形」の概念の延長上にある。つまり,
などである。
これらを調べる上で, 二つの方法がある。

2.3 写像の考え

「点の動いた跡」としての軌跡の考えは, 写像の考えの実現と結びつく。つまり, 図形を, 「点Yは点Xの関数 (Y = f(X)) 」という仕組みを実現しているものと考えると, 「点Xが集合S内を動くとき, Yがなす集合, つまり F(S) を調べる」ことと直接結びつく。
このとき, 主として, 次の3種類の写像が対象となりうる。
現在,Geometric Constructorで基本的に実装しているのは,(1)と(3) であるが, 部分的には,(2)も扱える。
 軌跡や通過領域の問題に関しては,既存の問題について「通常は式によって解決すべきものを,作図ツールによって,その結果を推測することができるようになる」というケースが多いのだが,写像に関しては,「今まで写像として考えてこなかった問題を,写像という観点で考察する」ようになることが多い。

例2:点Oを中心とし点Aを点対称移動した点をBとする。

この図で,点Aを動かすと,点Bが動く。「点対称な点の図」ではなく,「点Aが動いた点の集合の像」を生み出す写像としての意識が生まれる。(この例では,点Oを動かしてみるとどうなるかという発問もできる。)

点Aを動かした場合

点B(O)を動かした場合

GCのデータ

例3:z2 +z+1=0を解け
通常この問題は,代数的に解くのが普通である。あるいは,z3 =1の一つの因数として考えると,円分多項式として考えることになる。しかし,作図ツールを使うと,zをいろいろと動かして,f(z)=0になるような場所を探そうという問題になる。
zをランダムに動かして調べる手もあれば,次の図のように,単位円上を動かす手もある。

2.4 「軌跡」に関する探究の多様性

「軌跡」に関しては, 次の事柄が, 多様性を生み出す手がかりになる。
 特に,(3) で求める点の集合が多くの点からなるときは, 一定時間の中で一人ですべての点を求めることは難しい。OHP シートなどにプロットさせたものを重ねて集約することなどが, 有効な教授方略となる。


3.「作図」に関して


3.0 関数としての図の分析・構成 −思い通りに動かすための作図−

フリーハンドによる描画は, 問題状況を把握したり, 証明のための推論の手がかりになる補助線を追加したり, またいろいろな場合の結果をちょっと調べてみたりするのに便利である。図の配置がどうなっているのか, 条件がどう関係しているのか等を意識することはあるが, 意識的な分析をすることは少ない。それに対して, 作図ツールを使って作図する場合は, 何を基にして, どう構成するべきかを意識化しないと, 「動かない図」さえ描けない。しかも, 自分の思い通りに動かして調べるための図を作るには, 何を動かしたときに, 何が連動してほしいのか, そのときに, どういう条件が保存されるべきなのかを, 意識化しなければならない。フリーハンドとの基本的な違いはそこにある。

3.1 補助線の追加

紙と鉛筆を使った数学的探究の場合に「補助線の追加」はかなり有効な手段だが, 作図ツールの場合も, 同様に, 「補助線の追加」をすることがある。(ただし, その役割は紙と鉛筆の場合と少し異なるが。)
全く最初から作図するということになると, 上記の通りだが, 与えられている図に対して, 何かを追加したいという場合は, それほど難しくない。最初の図を基にして,
を意識すれば, 簡単に追加できる。

3.2 幾何的対象の追加による新しい問題の生成

「補助線の追加」を行うときは, 元々何らかの問題を解決する目的で行っている。その問題が解ければ, 一応その探究は終了する。しかし, そうでない場合にも, 「幾何的対象を追加する」場合がある。たとえば, 問題が解決した後, 関連する問題を探究しようとか, ある図を少し変えることによって, 探究に値する問題を生成する場合である。たとえば, 次のような例が該当する。
例4: ΔABC と一点P がある。ここから, あ るいは, これに何か追 加して, 問題を作れ。

一つの探究例
このような活動をする場合にも, 作図に関して意識しなければならないことは, 上記の「補助線の追加」と同程度で, あまりない。そして, 追加して作った図をさっそく動かして調べてみることができるようになる。

3.3 条件の変更


すでに作られている図を基にして, 新しい図を作る場合に, 元の図をそのまま使うことは難しいこともある。たとえば, 元の図は三角形に関する問題だったが, それを四角形について考えたいというような場合である。このような場合, 元の図の作図の仕方を分析し, それを参考にすることによって図を作ることができる。たとえば, 「四角形の4つの辺のそれぞれの中点を結ぶことによって, この図を作ることができた。この条件を少し変えた図を作ってみよう」というような発問に際しては, 新たの図の分析などの困難性を感じることなく, その思考を進めることができる。

3.4 モデル化とシミュレーション

また, 作図の機能を考えた場合, 作図ツールにおいては, 「図形の問題」あるいは, 「写像の問題」に関する作図以外に, ある現象のモデル化を行い, それを実際にシミュレートし, その結果を観察する場合がある。定規・コンパスによる作図とはかなり異なる作図の機能だ。いくつかの例を挙げておこう。

例5: バスの二つ折りのドアに挟まれる危険性があるのはどこか。





より詳しい一探究事例

例6: 数人乗りのブランコは, 平行四辺形があるためうまく機能する。そうでないようにすると, ブランコの動きはどうなるか。

通常のブランコ




ブランコの方が長い場合




ブランコの方が短い場合




GCデータ(通常の場合) GCデータ(ブランコが長い場合) GCデータ(ブランコが短い場合)

例7: 4人が原野で同じスピードで開墾を始めたら, それぞれの境界線はどうなるか。
例8: 壁に寄り掛かっている梯子が滑り落ちるとき, 梯子の一点の軌跡は楕円になる。では, もしその壁が斜めになっているときは, 軌跡はどうなるか。

3.5 「作図」に関する探究の多様性とその背景にあるインターラクティビィティ

 作図の多様性は, 「メニューの数」ではない。3.3 での条件変更は, 紙と鉛筆による探究でも行えるが, 作図ツールでは, それに続くインターラクティブな探究が容易である。そのため, 一つ一つのステップでの選択の幅はあまり多くなくても, 「ここで何を追加するか」→「どこをどう動かしてみて何を観察するか」→「それはどう解釈すべきか」→「次にどういう行動をすべきか」と, いくつもの意思決定の場が連続することによって, 探究の多様性は非常に大きなものになる。


4.探究の多様性に対する「方向性」と「制約」の重要性


4.1 数学的知識・方法に対する新たな特徴の生成に伴う新たな数学的探究の可能性

以上の分析の中で示されたように, 作図ツールは, 数学的知識・方法に対していくつかの新しい特徴を生み出している。それらは新しい数学的探究の可能性と授業の中での利用に関しては, 少なくとも, 「デモンストレーション」としての利用の可能性を持っている。

4.2 探究の多様性の発生に伴う「授業化」の可能性

 しかし, 通常の形態の一斉指導を行うためには, それだけでは足りない。ある程度の多様性が発生し, それを元に比較・議論等ができることが不可欠である。そのような多様性がどの程度確保されるかが, 一斉指導で使うべきソフトかどうかの評価に大きく関わる。

4.3 「方向づけ」と「制約」の意味とソフトにとっての「授業者」の役割

この多様性を考えるとき, ソフトが持っている探究の「方向づけ」のみならず, 「制約」も大きな意味を持っていることに注目したい。たとえば, エルランゲンプログラム的アプローチを行うとき, Geometric Constructor は, 「図形を変形して, いろいろな場合を調べる」という方向づけを与えてくれるのでそれを支援するが, 本来的には, 「変換」を実装した作図ツールの方が, その理念を忠実に実現した数学的探究が行える可能性はある。だが, 同時に, その環境の利用に際しては, 「変換」に関する理解が要求されたり, また「どういう変換群での不変量を調べるか」などの選択なども要求される。そしてさらに重要なのは, それによって, そのソフトを使ったときの探究は, あまり多様なものにならず, 規定の方針で調べた結果がそのまま並べられるだけになってしまう。それと比較すると, 「変形」という分かりやすい概念に基づいた作図ツールでは, 制約はあるものの, それにうまく配慮すれば, より多様な探究が可能な道具として利用可能な側面がある (飯島[1997]) 。
つまり, 一般に, 制約は作業や意識化を必要とするため, 探究の支障となることが多いが, 同時に, 様々な多様性や「何を意識化すべきかを明確にする必要性」を生む。つまり, 授業にとっては, 適切な問題場面を生成するためにかえって有益な場合もある。
このように考えると, 教育用ソフトにとっては, その方向づけと制約をうまく生かして授業をコントロールする存在としての授業者は, 不可欠な存在なのである。


引用文献