第21回日本科学教育学会年会(茨城大学,1997.7.29),発表論文 : 発表用資料

作図ツールの「変形」と「変換」を用いた数学的探究について

−エルランゲンプログラム的アプローチ−
Mathematical Inquiry with 'deformation'/'transformation'
of dynamic geometry software

飯島康之

IIJIMA Yasuyuki
愛知教育大学教育学部
Aichi University of Education


[要 約]

具体的な数学的探究の場面における「エルランゲンプログラム」的アプローチを明確にした。それを支援する作図ツールの「変換」あるいは「変形」の利用について検討し,一般化のプロセスを重視した教授方略として,(数学的命題/証明に関する) 「サバイバルゲーム」を明らかにした。

[キーワード] 数学教育, 作図ツール, コンピュータ, 数学的探究


0.はじめに

「作図ツール(dynamic geometry software) 」と呼ばれるソフトの利用は,かなり普及してきた。しかし,数学的探究の影響,それを意図した教授方略の明確化, カリキュラム開発などの組織的な研究はまだ少ない。本稿では,図形に関する動的な見方の一つの礎でもあるエルランゲンプログラムの考え方に基づけば,どのような数学的探究の様相が導かれるのか等を明らかにする。

1.エルランゲンプログラム的アプローチ

「空間に対して,変換群が与えられたとき,その不変量を調べよ」というのが,F.Klein によるエルランゲンプログラムの基本的精神である。様々な変換群の存在は,様々な幾何学を成立させ,また変換群の包含関係等は,それぞれの幾何学の関連を生んでいる。
一方,具体的な数学的探究の場面を考えると,最初に変換群が与えられていることは少ない。何らかの図形とそこに成立する性質 (群) がある。そのため,「ある図形に対して,性質群を見いだし,それらがどのような変換群の下で不変量になるのかを調べよ」というのが,エルランゲンプログラム的アプローチと呼ぶことができるだろう。

2.作図ツールの「変形」/「変換」の利用

文字通りのエルランゲンプログラム的アプローチを行うには,様々な変換を作用させた結果の観察や,ある1パラメーター変換群による作用を連続的に観察することが考えられる。そして,そのための手軽な手段として,作図ツールの利用が考えられる。
 しかし,この操作においては,インターフェイスの適切性に若干の問題がある。まず,「変換群」を選択しなければならない。なぜ,その変換群を選択するのか,またどうしてそこにある変換群のリストで十分なのか,などの疑問を感じるであろう。そして,それ以前に,「変換」あるいは「変換群」の理解が必要である。つまり,「大学生以上向け」のものとなってしまう。
 これに対して,もう一つの選択肢として,「変形」の利用がある。もともと,変形は図形をいくつかの点を基にして構成される関数としてみなすこと,そしてその元になる点(=独立変数)を動かすことによって,図形(=従属変数)がどう変わるかを観察することである。「三角形の重心」のように,場合によっては,一点を動かす変形がある変換(この場合はアフィン変換)を施すのと全く一致する場合もあるが,「三角形の内心」のように,そうはならないこともある。つまり,原理的には,変形と変換は,現象としては似ているが,かなり異なる。しかしまた,変形の場合は,「いろいろな場合を調べる」という意味にも取れる。つまり,その原理と意味に関して,かなり低い学年から理解可能な操作なのである。

3.「変形」や「変換」を利用した指導

 一般に,教科書等での記述で,最も一般的な図を基にして,命題や問題が構成される。命題群の体系化最適だが,次のような問題点を生むこともある。(1) 提示されている図 (だけ) に関する命題と解釈してしまう。(2) 命題の「一般性」が持つ数学的価値を見落としやすい。(3) 一般化, 特殊化というプロセスが欠如しやすい。
 このような問題点を解消する手段として,作図ツールの利用が考えられる。命題や問題を変えないときでも(1) への影響があるが,「『変形』あるいは『変換』による数学的探究に適した発問」を工夫すれば,(2) や(3) に関しても効果的な指導が行える。1つの教授方略として,「サバイバルゲーム」を挙げよう。

 3.0 特殊な場合からの「一般化」

 そのための基本的なアイデアは,「最も一般的な図や命題」ではなく,特殊な図や命題を与え,そこから一般化するプロセスを生徒の学習活動とすることである。ある命題に注目すれば,一般化の限界が生じる。命題群を考えれば,その限界が多様になる。どの程度の一般化に耐えるかという認識から,「サバイバルゲーム」を考えることができる。

3.1 「数学的性質」のサバイバルゲール

 まず,図の中にある事実, あるいは数学的性質のサバイバルゲームである。 例( 飯島他[1997]) :図1の中にある様々な「合同な三角形の組」に関して,点Bの位置に関して,(1) ACの中点,(2)線分AC上,(3)任意と一般化するのに応じて,どうなるか。  なお,「合同な三角形の組」以外にも,相似性,四角形の種類,線分の長さなど,様々なことに注目したサバイバルゲームがありうる。

3.2 「数学的証明」のサバイバルゲーム

 また,事実としては,一般に成立するものであっても,その証明もすべて一般的にできるとは限らない。同様のサバイバルゲームが成立する。
例:図2において□EFGH=刀ABCDであることを証明するとき,□ABCDが(1) 正方形,(2)平行四辺形,(3)台形,(4)凸四角形,(5) (凸でない場合も含めて) 四角形のいずれで成立する証明かを検討する。

a.すべての四角形が合同(あるいは面積が等しい)から
b.斜線部の大きな三角形の面積と,外側の2つの三角形の面積の和が等しいから
c.三角形分割の方法を次の図のようにすると,内外2つずつが等しくなるから

文献

飯島他[1997]『GCによる図形の指導』, 明治図書