第29回数学教育論文発表会・テーマ別部会「図形・論証(含むコンピュータ)」(於筑波大学)
1996.11.4
狭間 節子 大阪教育大学
とくにここ数年、図形の証明とその指導をめぐる研究が活発である。本稿では、部 会および論文発表会で発表された研究(コンピュータを含む)のいくつかから、次の大 枠で研究動向を捉え、そこにおいて指摘されている問題点等を概観する。 @ 図形の論証 A 学校数学における証明・説明 B 数学的探究(探求)活動における証明 C コンピュータの利用における証明 D "社会学的視座"からみた証明 はじめに 次のような問題例がある(例1,2は教科書から)。 例1.幅が一定の紙テープを右の図のように折り返したとき、重なった部分の△ABC は 二等辺三角形になることを証明しなさい。(図は略す) 例2.紙テープを折ると三角形ができる。どんな三角形か。(テープを折った図は略 す) 例3.(コンピュータを使って)1または2に同じ 例1,2,3はいずれも、証明指導の題材として取り上げることができる。例1は論 証的、例2は探究(求)活動的、例3はコンピュータによるアプローチを念頭において いる。それぞれにおいて、生徒は、どのような活動の過程を通るか、どのようなデー タ・根拠をもとにどのように結論を確認(納得)するか、確認したこと(内容と方法)が 正しいことをどのように説明、証明するか等において違いがあるだろう。また、証明 の一般性や証明の意義の理解等における困難さもにも違いがあるであろう。もしそう だとすればそれらの違いはなにか、それらの違いを図形の証明指導にどのように生か せるのだろうか−− 以下では、こういった観点から、研究動向を捉えたい。 1.論証指導 (1)論証指導 中2にはじまる図形の論証指導に関しては、「論証の意義」の理解、「証明のしく み」(演繹的推論の構成)の理解、証明の発見等の諸点において図形特有の難しさが指 摘されてきた。 小関・国宗氏らによる20年にわたる論証指導の研究において、「論 証の意義」が理解できたかどうかは、次の8つが理解できたかでとらえている: 「論証のもつ一般性」:@ 定理は全称命題である A 証明には一般性があること B 図は代表であること C 実験・実測による方法の特徴 「証明のしくみ」:@ 仮定・結論、証明 A 根拠となることがら、定義の意味 B 循 環論法は不合理である C「体系」 さらに、生徒の「論証の意義」の理解のしかたには3つの段階があること、中学校 の論証の学習では、「証明のしくみ」についての理解は深まるが「論証のもつ一般性 」についての理解はそれほど深まらないことを、データで示している。中学校の論証 の学習を終えた時点で、全体の約 の生徒が、実験・実測による証明と演繹による証 明による方法とを並列的に捉えている。その実態から、論証の指導体系の中に、生徒 の「論証の意義」の理解についての発達を促進させるための指導、特に「論証のもつ 一般性」の意義を理解させるための指導を明確に位置づける必要がある、と指摘して いる。[1][2] 村上氏は、図への働きかけによって、図の一般性の認識は異なることを、「三角形 の内角の和は180°である」ことを「測定」「角を切って一カ所に集める具体的操作 」「証明」の3つに分けて考察し、「働きかけが測定である場合には、図は特殊化さ れ、一般性の範囲は甚だしく限定されるだけでなく、それからは証明への手だてを得 ることができない。測定以外の操作学習からは、証明に結びつく手だてを得ることが できるものもある。」 さらに「図への働きかけが証明である場合、@ 証明をはじめる前に1つの三角形 を描くA 図に補助線を描き入れる B 図から証明のアイデアを引き出し、証明を 組み立てる C 証明が終わって、定理の真理性を確信する のCにおいて定理の真 理性が確信できるためには、図は不特定であるという図の一般性が認識されていなけ ればならない。」Cの一般性の認識を、「一般化の観点から証明の一般化と呼んでい る。」そして、「図の一般性(変数性)の認識は、定理の一般性の認識、定理の真理感 につながるものであり、それは証明の意義を認めさせ、証明の動機付けを与えるもの であり、…」とし、この観点から、証明のプロセスの1つ1つの一般性を認識する― 図形概念の一般化と連動する―指導の重要性と手だて(揺さぶり等)を提起している。 [3] 橋本氏は、論証導入を境とする「図の役割」の変化の観点から、論証導入期の指導 の改善について実証的に研究している[4]。本日の橋本氏の発表で提起されるであろ う。 論証の意義の理解は、証明の一般性の理解、図の一般性の認識、さらには図形概念 形成にさかのぼる様相を呈していると同時に、指摘されている諸点に関する証明指導 の改善の可能性を示していることでもある。 (2)体系化する活動の指導 磯田氏は、証明の機能の一つである「体系化」の観点から図形指導を組み立て、教 授可能性を試みている[5]。体系化するという高次の観点から、論証の意義の理解や 演繹的推論のしくみを理解することをねらいの一つとしている。定義する活動、命題 を系列化する活動からなる体系化する活動が中2で実践されている。「達成結果には 幅があるものの、約 の生徒はその活動を理解したと考えれ」、体系化の立場からの 指導が、数学に対する認識の変容:「数学とは、数学の考え方に基づきばらばらな知 識を体系化してゆく学問である」をもたらしたと報告されている。 先述の小関・国宗氏らの「体系」は、「例えば、平行線の性質から三角形の内角の 和、多角形の内角の和・外角の和についての性質が順に導かれている程度のことを指 している。」他方、村上氏は、形式的証明の教育的意義を「公理体系を学習体験させ ること」においている、つまり「体系化のために推論形式を整え、体系化のために根 拠を明示し、体系化のために形式的証明を行うのだと考えるのである。」[6] 2.学校数学における説明・証明 証明を図形領域に限定せずに広げると、宮崎氏の継続研究がある。その一つ、「証 明で命題の妥当性を示すことができたと子どもが判断するようになるための方策」 [7]に注目する。そこでは、学校数学における説明に、説明の内容、子どもの思考、 説明の表現という観点にそれぞれ二つのカテゴリーを置き、観点間の独立性/従属性 を考慮して、4つの水準が設定されていて、水準4は学校数学における証明である。 氏は、「この水準間を順に移項することによって、証明で命題の普遍妥当性を示すこ とができたと子どもは判断するようになる。」示している。ここで取りあげられてい る例はいずれも自然数領域の例である。大筋においては図形領域に適用できるであろ うが、細部においてはどうであろうか。 国本氏は、生徒が証明活動を理解するための方法論の前提として、「前形式的証明 」(内容的−直感的証明)」を、経験的説明と形式的証明の間におき、3つの水準で証 明を捉える必要があることを提起している[8]。本日の国本氏の発表でとりあげられ るであろう。 3.数学的探究(探求)活動としての証明 ここでは、証明の機能の観点から、「証明」を考察した研究に焦点を当てる。 杉山氏による証明の機能(*)の観点からの継続研究があり、その一つ[9]を取り上げ る。同氏は、算数・数学を「証明」いう観点でながめたとき、正しい推論であること を確認するための方法としては、算数での類推、演繹、帰納などの混在した状態から 、数学での演繹の独り舞台へと様変わりすることを、「数学」をゲーム、「証明」を ルールと見た場合のルールの変更にみたてて考察している。このルールの変更の動機 は、「正しい命題を生産する」こととはまた別の機能を強化せざるを得ない・したほ うがよいことを示唆するとしている。この観点から、「証明」は当初の「正しい命題 を生産する」問題から何らかの関連で派生する問題であることが望ましく、それはま た「証明」は、「探求」を基調とした一連の活動のためのと見ることを意味し、しか もそれは「証明」の機能が、@,AなどからB,C,Dなどにその比重を移していくよ うな探求が望ましいとしている。「証明」の書き換えが必要となる動機は個々の問題 というよりも探求活動そのものに内在し、このような探求活動は個々の問題よりもそ の全体性が問題となると主張している。 (*)「証明」の機能:@正しい命題をつくる方法 A他者を説得する方法 B知識を整 理する方法 C証明可能性を調べる方法 D数学的なモデルを調べる方法 氏の一連の研究では数と図形の両領域の例があげられていることから、図形も対象 に成っている。現行の図形の論証指導とは異なる観点から、「図形の証明の意義」の 理解を含めた形式的な証明へ移るためのアプローチの可能性を展望するものであろう 。 清水氏は、昭和33年の指導要領数学編・解説書における論証の意義を4つあげ、そ れらがDe Villiersの証明機能(検証;説明;体系化;発見;コミュニケーション)の 観点に深くかかわるもので、学校数学における学習や探求活動の過程で働くことを指 摘している[10]。また 証明の機能を明確にして、探求活動の中に証明を位置づける方向での実践・研究は 今後に待つことになるが、そこにおける証明は論証における証明に比べて、演繹性、 とくに形式性の面で緩められよう。 4.コンピュータの利用おける証明 数学教育におけるコンピュータの利用は広範に発展し、その独自の威力を発揮しつ つある。図形または図形の証明とかかわる研究の多くは、2.数学的探究活動におけ る証明に 位置づけられよう。飯島氏の研究[11]をはじめ、垣花・清水氏らの研究 [12]、原田・能田・ガルー・ダミール氏らの研究[14]、沢田氏[15]、大西氏[16]の研究等は 、”コンピュータの影響は、図形教育の内容、目標にも影響を与えるものとなろう” を実感させ、同時に図形教育に多くの問題を提起している。 この項に関しては、本日の発表者である飯島氏の発表にゆだねたい。 5.”社会学的視座”からの見た証明 この種の観点からの数学教育研究は盛んであるが、証明の教授・学習過程の研究 が関口氏によってなされている[17]。そこでは証明に関するこれまでの諸研究を社会 学的視座から検討され、社会学的営みとしての証明過程について、知識・信念、文脈 ・状況および他者との相互作用の側面から考察されている。その後の氏の研究を含め て、動向の一つであろう。 さいごに 図形の証明に関する研究動向として1〜5をあげた。考察の未熟さは非力のなす路 頃である。それらの動向が個々に独歩した研究方向に発散し深まるだけではなく、ま たあるものが他を吸収合併するのではなく、独立関係を保ちながらも、相補的、支援 的に図形教育に位置づく方向を見いだし、その方向で図形における”証明指導の真の 根拠が問い直”されるときである。 橋本・国本・飯島先生の発表および今後の発展のための討論を期待する。 [引用・参考文献] [1] 小関 編著「図形の論証指導」(1987) 明治図書 [2] 国宗 図形の論証に関する認知発達研究 (1995) 第28回数学教育論文発表会 テ ーマ別 総括討議E「図形認知・論証指導研究」 [3] 村上 図の一般性の認識について(1995) 第28回数学教育論文発表会 テーマ別総 括討議 E「図形認知・論証指導研究」 [4] 橋本ほか 論証導入期の指導について(1995) 第28回数学教育論文発表会論文集 [5] 磯田 体系化の立場から見た中2の図形指導(1987) 日数教学会誌 第69巻 第11 号 pp.23-32 [6] 村上 図形教育における形式的証明の意義について(1994) 研究代表 国本景亀「 空間直 観と論理的思考力を育成するための教材開発と指導法の改善」pp.95-104 [7] 宮崎 証明で命題の普遍妥当性を示すことができたと子どもが判断するようにな るため の方策−学校数学における証明の水準間を移行意義−(1994) 第27回数学教 育論文発表会論 文集 pp.421-426 [8] 国本 形式証明の意味と意義(1995) 第28回数学教育論文発表 テーマ別総括討議 E「図形 認知・論証指導研究」 [9] 杉山 数学教育における「証明」についての基礎的研究--[証明」への動機 --(1995) 第 28回数学教育論文発表会論文集 pp.461-464 [10] 清水 証明指導の真の根拠を問い直す--幾何の指導を通じて児童・生徒は何を 学習すべ きか--(1994) 日本科学教育学会 第18会年会 pp.77-78 [11] 飯島 インターラクテイブな探求の状況依存性について--作図ツールを用いた探 究のた めの教材開発のために--(1994) 第27回数学教育論文発表会論文集 pp.353-358; 作図ツー ルを用いた数学的探究のための教材開発(1994) 第26回数学 教育論文発表会論文集 pp.435 -440 [12] 原田,能田,ガルー・ダミール 幾何の証明問題を支援するCabri-Geometry の利用--証 明に妥 当性を与える手段の分析--(1995) 第28回数学教育論文発表会論文集 pp.513-516; [13] 垣花,清水 ジオワールドにおける生徒の活動分析(2) --測定値を根拠とする 証明は 間違いか--(1993) 第26回数学教育論文 発表会論文集 pp.357-360 [14] 大西 平面上の変換に対応した幾何ソフトの開発と授業実践--高等学校「幾何A 」平面 幾何における課題学習(1994) 第27回数学教育論文 発表会論文集 pp.487-492 [15] 沢田 Geometric Supposerを利用した幾何学習--探究活動を重視した幾何教育 --(19 89) 第22回 数学教育論文発表会論文集 pp.407-412 [16] 関口 証明の教授・学習過程の研究への社会学的アプローチ(1991) 第24回数学 教育論 文発表会論文集 pp.127-132