第29回数学教育論文発表会 1996.11.4 筑波大学
テ−マ別部会:「図形・論証(コンピュ−タを含む)」 資料
論証導入期の指導の改善
大阪教育大学 橋本 是浩
1.はじめに
かって行なった、北海道、東京都、愛知県、大阪府の公立中学校6校の生徒を対象とした実
態調査からの4つの設問の具体例1)から見る。
[1]次の@〜Bの[ ]にあてはまるものでもっともよいものを、a)〜e)の中から1
つ選び、その記号をかきなさい。
@ 4つの辺の長さが等しい四角形は[ ]である。
A 1組の向かい合う辺が平行である四角形は[ ]である。
B 4つの角が等しい四角形は[ ]である。
┌───────────────────────────────┐
│a)正方形、b)長方形、c)ひし形、d)平行四辺形、e)台形 │
└───────────────────────────────┘
[2]次の@〜Cのそれぞれは、どんな四角形にたいしても正しいといえますか。
正しければ○を、正しくなければ×を、[ ]の中に書きなさい。
@〔 〕:どの角の大きさも180度より小さい。
A〔 〕:向かい合う角の大きさは等しい。
B〔 〕:4つの辺の長さは等しい。
C〔 〕:2つの対角線の長さは等しい。
[3]「長方形はすべて台形である」は正しい、といえますか。正しければ○、正しくなけれ
ば×を、右の[ ]の中にかきなさい。[ ]
また,そう考えた理由も説明しなさい。
(説明)
[4]「ある四角形が長方形であれば,その四角形の
2つの対角線の長さは等しい」が正しいことを A┌────┐D
証明しなさい。 │ │
(証明) │ │
B└────┘C
各設問は van Hiele の第3水準のものであり、そのねらいは以下である。
[1] は、与えられた条件(定義)のみしたがって、適切な図形を選択することができるかを
みる。
[2] は、与えられた事柄がすべての四角形がもつ基本的な性質であるかどうか、の判断がで
きるかをみる。
[3] は、「特殊ならば一般である」であることに気づき、その説明ができるか、また、定義
にしたがって判断することができるかをみる。
[4] は、「ある四角形が長方形であれば、その図形の2つの対角線の長さが等しい」ことを
証明することができるかをみる。
設問に対する、その学年の論証指導後の2年生(383名)、3年生(388名)の正答率は、そ
れぞれ次の表の通りであった。
この結果はあくまでもひとつの実態を表すものであって、性急┌──┬───┬───┐
に何かを結論すべきではないが、期待される指導結果を得ること│設問│2年生│3年生│
の難しさを示していよう。 ├──┼───┼───┤
特に、設問[3]で「命題は偽である」と判断した回答は、 │[1] │16.4% │16.7% │
2年生 38.9% ├──┼───┼───┤
3年生 44.8% │[2] │43.6% │57.3% │
であり、その理由として ├──┼───┼───┤
・台形は長方形のように平行でない │[3] │23.5% │18.0% │
・角の大きさが違う ├──┼───┼───┤
・形が違う │[4] │27.9% │38.6% │
と述べていることから、かなりの生徒が図に影響を受けた判 └──┴───┴───┘
断をしていることに、私達は着目した。
また、上の結果から次のような指導上のいくつかの問題点が指摘される。
定義の役割、仮定・結論の同定、証明の必要性と意味、証明の書き方(記号を用いて、
簡潔で筋道だった表現、過不足のない表現、書き方の定着など)、命題・定理・定理の
逆の意味など。
多くの指導上の問題点や困難点が山積している。
2.中学校の図形の学習の特性
@図や形についての研究
A物理空間の研究
B筋道だった説明のひとつの方法−数学の立場で洗練されたもの−としての位置づけ
ここでいう「論証幾何」は小学校から中1までのいわゆる「直観幾何」と対比した図形学習の
方法を指し、「論証」は、経験によって確かめられ、事実と認められたいくつかの事柄(生徒に
とっては経験によって事実と確かめられた真理としての公理であって、仮定としての公理ではな
い)と具体物を理想化することによって得られた無定義術語および定義された術語(共に背後に
は具体性を持ち、心理的な実在性を持つ概念であって、無意味な術語ではない)から、「証明」
という方法によって局所的な理論体系を組み立てる図形学習の方法をさす。
中2から始まる「論証」という学習方法と小学校から中1までの「直観幾何」での学習方法と
の断絶を生徒は強く感じているのではあるまいか。
生徒に「論証」を「直観幾何」での学習方法の発展したものとして捉えさせることができない
であろうか。
中1までは、生徒は図を図形と考え、図やモデルに意識を働きかけ気づいたことや予想したこ
とを
・図を観察して、判断する
・図に実験や実測等による操作を及ぼして、図が持つ性質を調べる
・言葉で説明する
によって、確かめていく。そして、これらの方法に軽重をつけず、同等に扱われる。
実験・実測には誤差があるからとして、とつぜん、中2になって「証明」以外を不可とするこ
とは不自然である。過去の学習を否定するということは誠実とは言えないし、中2での「証明」
の根には実験・実測が厳存している。さらに中2以降の図形の学習する上で、「言葉による説明
」がより適切な方法であることを、生徒が悟ることが必要であろう。
したがって、ここでいう「証明」とは、図やモデルに意識を働きかけ気づいたことや予想した
事柄を、既知な事柄に基づいて言葉による説明法(友達や先生への、そしてもう一人の自分自身
への伝達の方法)を数学の立場から発展し、洗練したものとして捉えている。
3.「図の役割」の変化−ひとつの観点
図形は概念であり、図形を表象したモデル(かかれた図や作られた模型など)そのもの自体で
はない。
1)前田隆一先生の考えより
図形の学習段階
図形の観察科学の段階・・・観察・採集を主として対象を分類する
図形の実験科学の段階・・・実験を主としてある限られた範囲の事象の説明に役に立つ法
則や理論を探求する
図形の理論科学の段階・・・実験科学の成果を総合し、非常に広い範囲の事象をいくつか
の原理に基づいて統一的に説明する
「図形の実験科学」の学習段階では、モデルを実際に扱って、生徒は概念を作り上げていく。
すなわち、小学校から中1までは、生徒はいくつかのモデル(かかれた図や作られた模型)など
のなかに具現されていた図形の関係や性質を、そのモデルが持つ物理量の大きさに即して、学習
する。この時、生徒は作られたモデルを生徒は図形と考える。図に観察・実験・実測を及ぼすこ
とによって、図(に表象された物理量)が事柄の正しいことを保証する。
「図形の理論科学」の学習段階では、図形の性質の間の関係を表す事柄(ふつうは、文字や記
号や式でかかれたもの)が思考の対象となり、モデルはそれらを判断・決定する補足説明の役割
を受け持つにすぎない。
中2の図形の学習に入って、生徒にとっては突然に図の役割が変わる。
2)P.M.van Hiele の説明
(観察・実験・実測・作図などの活動による、論証の準備としての)直観幾何と論証幾何とに
ある学習の質的変化、飛躍、の存在の説明のひとつとして
例えば、思考の第2水準(注:直観幾何に相当する)と思考の第3水準(注:論証幾何に相当
する)の「平行四辺形」について見てみよう。第2水準の「平行四辺形」は、対辺の長さが等し
い、対角線は互いに他を2等分する、など諸性質の集合体であるのに対して、第3水準の「平行
四辺形」は、これらの諸性質が互いに関係づけられており、諸性質の組織体である。
→そうであるとすれば、「平行四辺形」として示された同じ図を第2水準で見るのと第3水準
で見るのとでは、図は異なった役割を持つこととなる。前者が性質、すなわち特徴の寄せ
集めたものとなり、 「平行四辺形」という図がもつの形の特徴を表象したもの(symbol の働
きを持つ)であるのに対し、後者は関係づけられた「平行四辺形」の性質全体で構成され
たもの(signalの働きを持つ)、すなわち、概念を表象したものである。
3)E.Fischbein の説明
図形の論証で用いられている図は抽象的で、理想化された、形式的に既述できる実体(すべ
ての純粋な概念と同じように)と、感覚によってとらえることのできる図的な諸性質(なにより
もある「形」によって表象された諸性質)からなる実体である。そしてこの二重性が共存したも
のを我々は幾何学的実体としてとらえている。
→このような、概念的制約と形・イメージ的制約の二重性をもった幾何学的実体を Fisch−be
in は figural concept と呼が、論証で用いられる図は論理(定義)を背景とした概念的な制約
と感覚を背景としたイメージ的な制約を受けている。生徒は図に働きかけ、図を安心して動かし
、変形できるのは形にとらわれずに概念的な制約を踏み外さないからである。すなわち、生徒は
図を補助として図形について論証することを学習するが、論証ができ、論証することの意味が分
かるためには、この二つに制約を適宜使い分ける力が求められることになる。
4)前田先生、van Hiele そして Fischbein の考えの比較
図形の実験科学の学習の段階や思考の第2水準にある生徒は、概念的制約を知っていても、よ
り形・イメージ的制約に引きずられて、図を見てしまい、図形の理論科学の学習の段階や思考の
第3水準にある生徒は、必要があれば形・イメージ的制約に縛られずに、概念的制約にしたがっ
て図を見る、すなわち figuralconcept をもつことができる。
どうのように図に働きかけ、図をどう読み取るか。
4.新しい「図の役割」の指導のねらいと方法
3での考察からみると、
「図形の学習における論証することの意味を 理解(できる)するためには、
図形の学習 でのモデルがもつ新しい意味と役割を理解する必要があるし、
また、図形の学習でのモデルがもつ新しい意味と役割を理解(できる)す
るためには、図形の学習における論証することの意味を理解する必要がある」
ことがわかる。
Fischbein は figural concept の発達の様相を調べ、中等学校の生徒達の図の解釈にも振動が
あることを示している。5)van Hiele の理論によればこの振動は避けられないものであり、阿部
浩一はこの振動を生徒が次の段階へ進むモ−メントとして積極的な評価を与えている。6)
無用な混乱を避けるのは当然であるが、生徒に自己の矛盾や内部葛藤に気づかせ、それらを生徒
が自己の力で克服するのを助けるところのに、教育の役割があろう。
学習の順序としては、モデル(図や模型)がもつ新しい意味と役割の理解を先にするのがより自
然な順序になりえるであろうと考えた。そのための指導のねらいとしては「一つの図形には無数の
図が考えられる」ことに気づかせることとし、そのため指導方法として、「図」の役割と意味を生
徒に意識させる指導として、次のことを重視した指導法を提案する。7)
A.空間図形を取り入れて図形がもつ関係や性質への気づかせる学習
B.平面図形の基本的な作図の学習
C.1つの図形概念の背景には無数の図があることを意識させる学習
参考文献
1)拙稿、「論証導入期の指導について」、第28回数学教育論文発表会発表要項、
p.p.401-406、1995
2)前田隆一、「算数教育論」、金子書房、1979、p.61
3)van Hiele,P.M.、"Structure and Insight "、Academic Pr.、1986、pp.39-47
4)Fischbein,E.、"Conceptele Figurale "、 Editura Academici Republicii Populare
Romine、1963、p.458
5)Fischbein,E.、"The Theory of Figural Concepts"、Educational Studies in
Mathematics 24、1993、p.p.139-162
6)阿部浩一、「E.FischbeinのConcepts Figuratifs について」、第19回数学教育論文発
表会発表要項、1986、p.140
7)科研費研究報告書「中学校幾何における論証指導の改善に関する実証的研究」(研究代表者
橋本是浩、課題番号05301100)、1996