( GC World 2 : いろいろな本 ,飯島[1997]GCを活用した図形の指導, iijima97 )

作図ツールは図形の探究を大きく変える。そして,それを原動力にすると,授業を変えることができる。このことは,かなり一般的な認識になってきた。
作図ツールが利用できるようになったのは,もう5年以上も前になる。多くの方々にとっては,ソフトの存在を知り,使ってみること自体に驚きがあったと言えるだろう。ソフトに関する目新しさは,せいぜい1ケ月もすると冷めてしまうものだが,作図ツールに関する関心は,それを使うとどういう授業ができるかという,より本質的なところに移行している人が増えつつある。また,ソフトの種類も増えてきた。とても嬉しいことだ。
私達は作図ツールを使った実践例などを1993年1月から「数学教育」に連載させていただいた (それをまとめたものが『コンピュータで数学授業を変えよう』(1995)である) 。その後, 1994年秋からGeometer's SketchPadに関する実践例の連載を奈良女子大学附属中学・高等学校の吉田信也先生, 山上成美先生が「新しい幾何楽」として連載された。同じテーマに関して複数のソフトによるアプローチを行うのは,非常に面白い。とても関心を持って拝見していた。
その連載が終わる頃, 明治図書の立花氏より,作図ツールに関する授業実践事例をシリーズとして刊行したいという打診を受けた。非常にいい企画だと思った。「いい」という最大の理由は,「複数」のソフトで,同様のテーマに関する企画を行うという点だ。
ともすると,コンピュータ利用に関する企画というと,特定のソフトだけの利用に関するものか,いろいろなソフトのつまみ食いのどちらかになってしまうことが多い。しかし,私達の基本的な関心は,数学教育をどうするかということであり,図形の授業をどう行うかということである。学校によってハードもソフトも違う。あるソフトで「しか」できない授業について検討するのもいいけれども,それが特定のコンピュータで「しか」使えないならば,そのコンピュータがない学校はそのコンピュータを購入しなければならない。だが,私達は,特定のメーカーの販売促進のために研究をしているのではない。価値ある数学の授業を生み出すことが出発点であり,そのためには,できるだけ多くの環境で共有可能なものを生み出したいのである。
このような観点から考えると,特定のハード・ソフトに依存せず,図形の授業はどう変えられるのかを客観的に考えることが望ましいのだが,今回の企画はまさにそれを実現できる可能性を持っている。現在のところ,本企画ではカブリとGeometric Constructor が対象だが,カブリはMacintosh と98で, またGeometric Constructor は98系,FM-TOWNS/R50 系, DOS/V 系で使える。両者以外にも,作図ツールはいくつもある。「特定のソフトが使える学校」となるとその割合は限定されてしまうが,「この二つのソフトのどちらかが使える学校」の割合は,非常に大きなものになるし,「何らかの作図ツールが使える学校」ならば,さらに大きくなる。このようにして,できるだけ多くの学校で共有可能な成果をまとめていくことが,一定の認知を得た教育研究には不可欠なのではないだろうか。
実際,授業の中で基本的にやりたい部分は,他のソフトを使ってもできるだろう。たとえば本書の授業例を実践したいが学校の機器はMacintosh だという場合は,授業の基本的な流れを他のソフトを使った授業に「移植」してみればいい。カブリを使った授業のための基本的なノウハウは本企画の別の本の中で書かれているから,それを手掛かりにすれば「移植」はかなりやりやすくなる。もちろん,逆の可能性もある。本シリーズの他の実践をGeometric Constructor による授業に「移植」することもできる。そのようにして,「ハードやソフトに依存しない」コンピュータ利用のノウハウの蓄積と共有が行える。
また,場合によっては,「あのソフトのこういう授業をこのソフトでやるとやりにくい」というケースも出てくるかもしれない。「あのソフトのこういう授業はこのソフトでやると,もっと自然な使い方でできる」というケースもあるかもしれない。それらが明確になるということは,「授業」によってソフトを評価できたということであり,素晴らしいことだ。そういうことは,そのソフトを鍛え,洗練し,よりよいものへとバージョンアップしてもらうために非常に望ましい。改善の要求項目が出てきたら,是非開発元に要求してほしい。開発者もそれを待っている。一般には,ソフトの評価と言っても,せいぜい基本的な機能を比べる程度のことしかできない。しかし,一番大切なのは,それを授業で使ってみたときの評価である。設計時にも, こんな授業を実現したいという狙いはあるが,実際の授業者の方々がやりたいと思う授業, そして問題点が生まれてしまうような授業というところまではなかなか分からない。そのような本質的な評価ができて初めてコンピュータ主導でないコンピュータ利用が定着していくはずだと思うのだが,本企画は,そのための基礎資料となると思う。
さらに,新しい作図ツールの開発を検討している方々にとっては,本シリーズで扱っているような授業で「使える」ことが, 最低限の条件となるだろう。それらを乗り越えて,どのような授業を生み出せるのかで勝負することが必要になる。また,図形領域以外で使うソフトを開発する場合にも,想定する授業像を提供するという意味で,資料となると思う。このように,授業をテストケースとして想定し,生成できる授業のよさで競争することが,本来必要なのである(必要なのだが,なかなかできないことでもあった)。そのような競争を経て生まれてくる教育用ソフトは,これまでの教育用ソフトとは別の次元のものに育っていくのはずだと期待している。
さて,本企画の持つ可能性から,本書のことに移りたい。今回の企画を受け,「今までにすでに行った研究授業はありませんか」と知り合いの先生方に打診してみた。ほとんどの先生から「こんな実践があります」というお答えを頂くことができた。そして,それらの実践例は,どれもソフトを使った授業設計・実践に慣れ, それぞれの味のあるものだった。ソフトの開発者として,「こういう授業をしてほしい」と依頼しなくても,先生方が自分で授業を試みられるということは,望外の喜びであった。
しかし,そのような喜びを感じる一方で,本書をお読みになる先生方は, 作図ツールを伝った授業にこれから取り組もうと考えられている方の方がずっと多いはずだと思った。かなり実践を積んでいる方々にとっては,授業記録を見るだけで,とても参考になるはずだ。しかし,その授業を生み出す背景には,それなりのノウハウがある。それがないと,その授業の本当によさは分からない。同じ授業をそのまま行おうと思っても,小さなことがつまづきのものとなり,うまくいかない可能性もある。このように,コンピュータを使う授業に慣れている方々と初心者の方々の間には, 目に見えないギャップがあるはずだ。その間隙を埋めるための資料を作ること考えたが,それにはまた多くの時間がかかる。
どうしたらいいものかと考えあぐねているときに,ある学校での研究授業への指導・助言の依頼があった。ソフトにとても関心を持って頂いているのだが,授業で本格的に使うのは初めての学校だった。その先生方が努力され苦労され,そして成功へとたどり着く様子を拝見しながら,「最初はどこの学校でもこうだ」と思った。そのプロセスをそのまま描くことが,多くの読者の方々には役立つのではないかと思った。それを3章としてまとめてみた。そして,この学校の先生方に話したいこと,そしてさらに力をつけるためにしてほしいことを考えた。それを2,4,5章としてまとめてみた。また,全く初めての方のために,ソフトの機能の概略を1章にまとめてみた。それぞれ,Geometric Constructor に関することではあるが,他のソフトにも「移植」できるはずだと思うし,他のソフトでしかできないことも発見していただきたいと思う。
そして,そのようなことが積み重なっていくと,実践編に書かれているような授業も,「特別」な授業でないように見えてくると思うし,それに関連する授業や自分独自の工夫を凝らした授業の姿が見えてくるのではないかと思う。そのような,授業の面白さを見つけるための手掛かりとなれば,望外の喜びである。



付記:実は,当初は,カブリとGeometric Constructor 以外にも,Geometer's SketchPad についても扱う予定だったのだが,取り止めになってしまった。「複数のソフトに関する授業書の競演」を心待ちにし,またその実現を喜んでいた私としては,残念な限りである。「SketchPad はMac でしか使えないから」というのがその最大の理由らしい。しかし,近いうちにWindows 版も市販されると思う (英語版でのデモはすでにある) 。今回は二者の競演ということになるが,近い将来にSketchPad も含め,様々なソフトが「授業」を舞台に競い合い,そしてそれをきっかけにして,数学の授業がより面白いものになっていく日を楽しみにしたい


Forum of Geometric Constructor by Y.Iijima