第21回日本科学教育学会年会(茨城大学,1997.7.29),発表論文

テクノロジーによる幾何教育改善のための課題とその解消のためのインターネット利用

Issues of the use of technology to improve geometry education

飯島康之

IIJIMA Yasuyuki
愛知教育大学教育学部
Aichi University of Education


[要 約]

作図ツールに代表されるように,幾何教育改善のためのツールはかなり充実し,また普及してきた。しかし,研究成果を蓄積し,共有できるような体制までには至っていない。インターネットによって,様々なノウハウを共有し,一歩上の段階の研究・実践を積み重ねていくことが,今後の課題となっている。

[キーワード] 幾何教育,改善,作図ツール,インターネット,コンピュータ


1.幾何教育改善のための「思考の道具」としての作図ツールの普及と授業研究

幾何教育改善のためのテクノロジー利用はいろいろな形態で試みられているが,その中で顕著なのは,作図ツール(dynamic geometry software) の普及であろう。少なくとも,ソフト群としては,かなりのプラットホームをカバーし,コンピュータが導入されているほとんどの学校で利用可能と言える。そして,単にソフトが多くの学校に「ある」というだけでなく,様々な地域で研究授業や研究発表がなされてきていることは,特徴的と言っていい。


2.現状の問題点

だが,それらによって幾何教育がすでに「改善された」ことを意味するわけではない。むしろ,ある程度市民権を得たソフトがあるとしても,教育の改善にはまだほど遠い現実は,課題の難しさを浮き彫りにしていると言ってもいいかもしれない。以下で具体的な課題を挙げよう。

(1) ユーザー (教師) 次第

ソフトが様々な場所にあり,使われ,研究等がなされているとはいうものの,そのほとんどがユーザーである個々の教師にほとんど委ねられている。教師次第と言ってもいいのかもしれない。いい実践が生まれる可能性がある一方で,不適切な実践を生み出してしまう危険性もある。

(2) 研究・実践の蓄積や連携の欠如

それらを解消するには,研究や実践の蓄積等が不可欠なのだが,多くの場合,教師の単独の研究あるいはある地域の研究会に止まっていて,広域にわたる蓄積や連携が不足している。また,作図ツールと呼びうるソフトはかなりあるのだが,それぞれでの成果の連携が不足している。

(3) 組織的な研究とカリキュラム開発の欠如

また,多くの研究実践は,「一つの素材」に関する「一つの実践」あるいは,それらの集合体としてなされていて,組織的な研究までにはなっていないことが多い。また,「現行のカリキュラム」の枠の中での実践が多く,新たなカリキュラム開発を意図しながらなされているものが少ない。


3.幾何教育改善のための課題

幾何教育に限らないが,テクノロジーによる教育改善のためには,まず次の2つの方向が不可欠だと思われる。

(1) 「すべて」の教師が実践可能な事例の蓄積

第一は,いわば「定番の授業」の明確化である。興味とノウハウを持っている教師が様々な実践を生み出せることはテクノロジーとしての魅力であるが,一方「特定の教師にのみ指導可能」である限りは,その定着は望めない。

(2) 様々なユーザー (教師) による発見の共有

新たな教育実践を生み出す原動力は「ソフト」の開発でなく,それを使った数学的探究の蓄積・分析である。そして,そのような数学的探究は,開発者の意図を遙に越えていくのが普通である。また,「授業化」のためには,様々なノウハウが不可欠だが,そのようなノウハウもまた,ユーザーである教師によって,個々に発見されている。それらを現在のように,個々のユーザーの手元に止めるのではなく,それらを共有可能にしていくことがテクノロジーによる教育改善には欠かせない。

(3) 研究の「組織」化

上記の二つを踏まえた上で,たとえば数学的探究への影響, 教授方略, 環境 (ソフト) 開発の指針, カリキュラム開発などのいくつかのカテゴリーに関して,組織的な研究を進めていくことが必要である。


4.幾何教育改善のためのインターネット利用
−GCフォーラムでの実践を中心に−

これらを進める主体は誰か。数年前までならば,一定の資本が不可欠だった。しかし,インターネットの普及は,数学教育研究者がイニシアチブを取って企画・実施できる可能性が広げた。しかも,ほとんどの学校からアクセスできるであろう数年後の状況は,現在とはまた大きく異なっていることが予想される。
筆者自身,Geometric Constructor のフォーラム(http://www.auemath.aichi-edu.ac.jp/teacher/iijima/)を開設し,その中で,様々な試みを始めている。

(1) ソフト・マニュアルのダウンロード

まず行ったのは,ソフト・マニュアルなど,基礎的な配付資料のオンライン化である。また,マニュアル等に関しては,テキストファイルのダウンロードという形式のみから,Web を介したオンラインマニュアル化を部分的に試みている。

(2) 各種資料の蓄積・公開

また,各種論文をはじめ,講座等での資料など,これまで「紙」媒体で配付したり保管してきたものを,Web 上に公開した。また,部分的には,共同研究者による資料も許諾を得て,蓄積・公開を始めている。 (しかし,まだその数は少ない)

(3) 教材や授業に関する事例集

また,「GCワールド」というコーナーでは,「問題・定理・探究」, 「発問」, 「授業実践」,「GCのテクニック」, 「作図のテクニック」, 「数学的探究のテクニック」, 「授業のテクニック」というカテゴリーの元に,様々な事例を収集し始めた。ここで収集しているのは,Geometric Constructor のみに限らず,作図ツール全般に関する素材や,様々な作図ツールを比較・検討するための具体的な素材を収集することを目的としている。

(4) 今後の課題

それぞれのカテゴリーごとに,代表的なサンプルを並べる程度のところまでは到達しているが,それぞれの素材のWeb 化には,まだまだ手間と時間がかかる。思ったほどのペースではリソースは増えない (約40MB) 。むしろ,ユーザーからの情報提供や要望に適切に応えられるような (人的) ネットワーク作りやそのための体制作りが, 現時点での課題となっている。