イプシロン,39(1997),59-78
テクノロジーによって関数関係の探究を支援するために
-Geometric Constructorを用いたケーススタディを中心に-
愛知教育大学 飯島康之
0.はじめに
-「式」中心であったこれまでの指導 -
関数関係の発見の手段としては,測定やグラフなど,様々なものがある。しかし,これまでの指導において,「式」は不可欠な存在と言っていいだろう。同時に,どうしても,「式」中心になってきた面が強かったのではないだろうか。また,その学年等での概念で扱えるようなものに限定されてきたという面が強かったのではないだろうか。
その最大の理由は,関数関係を調べるための道具として現実的な道具が「式」であったためであろう。たとえば,データを観察し,それをグラフ化するというような方法は,基本的であり,重要な方法だが,実際に実行するとなると,多大な労力と時間を要する。つまり,それだけの労力と時間を投資可能な場合には現実的な方法なのだが,逆に,そのようなリソースを利用できない場合には,現実的ではないのである。
また,「式」が便利な道具であるとは言っても,式に表現するだけですべてが解決されるわけではない。見ただけで関数関係の様子がすぐに把握できるようなものはほんの一部の関数でしかない。つまり,式によって表現した後の処理システムを学習しない限りは,実効性が保証されないわけである。
そのような事情を考慮すれば,これまでの関数に関する指導の背景は理解できる。換言すれば,我々が使える道具が変化すれば,関数の指導の在り方は,再検討する余地があることが明らかであると言ってもいいだろう。
本稿では,関数の指導,特に関数関係の発見に関して,テクノロジー,特に作図ツールがどのような影響を及ぼしうるのかを検討するための基礎資料として,いくつかのケーススタディを中心にした考察を行うこととする。
1.関数関係の探究を支援するための4 つのアプローチ
1.0 はじめに
関数関係の探究を支援するものとしての作図ツールについて本稿では検討していくが,関数関係の探究を支援するものは,それだけではない。本稿では,主として以下のものを想定している。
1.1 数式処理ソフト,関数描画ツールによる「式」による思考
関数に関するコンピュータ利用において,最も基本的なものは,数式処理ソフトであろう。あるいは,そこにより単純な関数描画ツールを加えてもよい。(なお,数式処理ソフトとして代表的なものは,Mathematicaである。しかし, 高校までの学校数学の範囲では,必ずしもMathematica のようなソフトの機能をフルに使わなければ探究が進まないというわけではない。関数描画ツールの代表的なものとしては,IBMによる「関数ラボ」や「GRAPES」があるが,個人的には,もっと簡単なもの(注1)でも,かなり役に立つと思う。)
これらは要するに,「式」による思考を支援する。たとえば,「y = sin ( 7 * x ) + sin (8 * x)」と入力することによって,その概形をすぐに得ることができる。そのことを利用すると,たとえば,「y = (sin x) ^ 2」で描かれるグラフに対して,周期等を観察することによって,「y = sin (2 * x)」や「y = sin (2 * x)/2 」などをいろいろと当てはめて,その関数に対する(別の)式を得るようなことも可能になる。
もちろん,数式処理ソフトには,これら以外にも,様々な機能があるが,やはり,「数式」そのものを一つの思考の対象として操作するという点は変わらない。換言すれば,「式に表す」までの段階に関しては支援してくれないと言っていいだろう。
1.2 表計算ソフトによる「データの処理」
現実のデータを利用するための一つの方法は,表計算ソフトである。ここでは,データは何らかの方法で入手されていることが前提である。そして,そのデータを加工し,いろいろな分析を行う部分を支援してくれる。データの入力は必要だが,たとえば,様々なデータがすでにデータベース化されていれば,それを利用して分析を進めるような学習はかなり可能性があるだろう。
1.3 センサの利用による「現実のデータ」の利用
データの収集を支援するための方法は二つある。その一つは「現実」のデータを扱うものであり,もう一つは,マイクロワールドの中でのデータを扱うものである。現実のデータを扱うためには,何らかのセンサを使うことが不可欠だ。以前であれば,センサによる現実のデータの収集はその収集「のみ」を行うものであって,その後,そのデータの処理が必要であったが,センサをコンピュータに接続する事によって,そのデータを自動的に分かりやすい表現形式に変換し,思考の対象としうる点が異なっている。
1.4 マイクロワールドにおける関数関係の探究
センサの利用によるデータの収集が,現実の現象の背景にある関係の発見そのものであることに対して,対照的なのが,マイクロワールドにおける関数関係の探究である。センサを利用したデータの収集の場合,装置は特殊目的のものになりやすい。また,特定のハードウェアを必要とする。それに対して,マイクロワールドはほとんどの場合,ソフトウェア的に実現されるものであるから,特定のハードウェアを必要とするものはほとんどない。つまり,汎用のコンピュータで実現でき,場面の設定から,場面からのデータの収集,そして,そのデータの加工までを一貫して扱えるのである。
作図ツールによる関数関係の探究の支援は,このカテゴリーの典型例である。次章では,作図ツールに話題を絞って,考察を進めることにしたい。
2.作図ツールが生成するジオワールドと関数関係
2.1 幾何的対象と幾何的手続きによって構築されるマイクロワールド
作図ツールとは何か。飯島(1991)では,次のような定義をした。
「定義: 幾何での作図の仕方を反映した作図の仕方を実現しているソフトウェア,すなわち,いくつかの基本的な作図手続きを繰り返し用いて階層的に図を構成し,作図の手続きが明確な図については,(メモリ等が許す限り)任意のものを作図できるソフトウェアを「作図ツール」と呼ぶ。
注意1:以下の機能は,問題解決において「作図ツール」を使う場面での役割を考えると,その重要度は非常に高い。そのため,本稿では,以下の機能を伴った作図ツールについて考察する。
測定,変形(変換),軌跡,拡大・縮小
注意2 (略)」
上記の定義は基本的にソフトとしての機能の面から定義しているが,別の観点から考えると,一つのマイクロワールドである。垣花(1992)はこのマイクロワールドをジオワールド(GeoWorld)と呼んでいるので,それを踏襲すれば,ジオワールドとは,幾何的対象と幾何的作図手続きによって構成されるマイクロワールドと言っていいだろう。また,より正確に言うならば,Geometric Constructorなどによって構築されるジオワールドは,初等幾何的な対象と初等幾何的な作図手続きを思考のためのインターフェイスとして提供している。そして,実際には,それを解析幾何によって実装している。いや,そう言ってしまうと語弊があるかもしれない。「解析幾何」的な思考の対象は,個別な事実を表す「数値」ではなく,普遍性を表す「式」である。これに対して,作図ツールの実装においては,個々の場合を計算する仕組みとして解析幾何を用いている。様々な場合に対応する様々な結果の中に含まれる関係性を,連続変形したときの不変要素などによって,幾何的な思考の対象として認識しやすくなっている環境(マイクロワールド)が,ジオワールドなのである。
2.2 関数関係の豊富な存在
関数関係の探究のための環境としてジオワールドを考えた場合,大きな特徴は,単純な図形の単純な動きの中にも,様々な関数関係が存在していることではないだろうか。もっとも,それは「マイクロワールド」だからというわけではない。もともと関数教材の中に幾何的な素材は多いように,幾何的な素材そのものに,多くの関数関係が内在しているからと言っていいだろう。
また,しばしばジオワールドは図形のための道具であるから,図形領域でしか使えないという誤認識をする方がいらっしゃるが,このように豊富な関数関係が内在している点は,関数領域においても活用する余地は十分にあることを示している。
2.3 関数関係の探究のためのツールや方略を内在したマイクロワールド
出発点のみを考えると,作図ツールというのは,「作図・変形・測定等を精確かつ迅速に行ってくれる環境」である。しかし,その後の様々な数学的探究の蓄積や,そこでの知見のフィードバックによって,作図ツール自身は進化する。環境自体の機能等を拡張し,たとえば関数関係を探究するためのツールが内蔵される。あるいは,環境外のツールを併用するようなノウハウが蓄積される。また,数学的探究自身が,これまでのものとは違った特色を持ちうることが分かり,我々の数学的探究の方略が変化する。それらの全体像として捉える必要がある。(具体的なことは,以下で述べる。)
3.作図ツールを用いた関数関係の探究のための方略
3.1 目で見る
最も基本的な方略は,「目で見る」ことである。これによって,「相等性」や「定数倍」や「定数」のような関数関係はかなり把握することが可能である。また,多少複雑な関数を調べる場合には,特殊な場合を調べることが多いが,そのような特殊な場合の値に関しては,図を目で見るだけでも把握できることが多い。また,単に数値の変化のみを見るのではなく,その関係が成立する理由を推察することも行いながら考えることが多い(本来の狙いはそちらにあると言っていい)。そのようなときには,「補助線」等を気軽に書き込みながら思考できる「紙と鉛筆」の方が適切なことも多いが,様々な場合を迅速かつ精確に描画し,幾何的な推論も行えるということは,たとえば表計算ソフトや数式処理ソフトのように,元の状況への回帰がしにくい環境とは大きく違っている特徴と言うことができるだろう。
3.2 測定
前述したように,ジオワールドと「紙と鉛筆」との相違点は,「精確な作図」のみにあるわけではない。そこで得られたデータを,同一環境の中で,「処理できる」点にある。その中の最も基本的なものが,「測定」である。つまり,幾何的対象に関する量および,幾何的対象間の量の測定である。この機能は,ほとんどどの作図ツールにも実装されている。
3.3 数式
図形の中に見いだせる関数関係で,測定値だけを観察することによって気づきうるような関係は,実はそれほど多くない。「目で見ても」わかるような「相等性」,「定数倍」,「定数」程度でしかない。それら以外の場合に関しては,何らかの方法で,そのような「気づきうる」ような形式に,幾何的に変換したり,数式的に変換したり,あるいは,その数式的な結果を,グラフ等によって別の意味で幾何的に変換することによって,「気づきやすい」することが不可欠である。換言すれば,そのような変換のための手段として,どのような方法をどの程度豊富に,またどの程度容易な形態で持っているかが,「関数関係の探究のための環境」としての作図ツールの良し悪しの判断基準となる。そして,この部分は,作図ツールのそれぞれによって,大きく異なる部分でもある。
このような機能に関して,Geometric Constructorにおける第一の機能は,「数式」である。数式と言っても,任意のものが扱えるわけではない。既存の数値(変数)と四則,巾,およびいくつかの関数(sinなど)の組み合わせが基本である。ただ,階層的に数式を作れるので,プリミティブにはカッコは使えないが,実質的には使えるなど,利用において工夫可能な面はある。
3.4 作図(補助線の追加)
通常,我々にとっての作図というのは,問題としている図そのものを作ることである。しかし,たとえば紙と鉛筆による思考においては,そこに書き込みをする。書き込みをしながら,幾何的な推論を支援する。そのような作業を的確に表現する言葉が「補助線」である。換言すれば,紙の上に書く図というのは,補助線を書き込みながら,推論をするために使う図である。
このような目的に使うことを考えると,作図ツールが描く図というものは,使いにくい。Geometric Constructor では,「落書き機能」といって,マウスで自由な書き込みができる機能も実装しているが,紙と鉛筆での補助線を引くというような行為にはかなわない。
しかし,作図ツールでは,別の意味での「補助線」の使い方がある。たとえば,∠APB = 60°になるような,点P の集合を求めているとする。ある程度調べてみると,それが円の一部のように見えてくる。そうしたら,候補としての円を実際に追加してみるのである。そして,その内外あるいは,円上のときに,∠APB の大小関係がどうなるかを調べてみたりするのである。このような,推測を確かめるために使うこともあるし,また現象の変化をより分かりやすく表現するための新たな幾何的対象を構築する場合もある(次のグラフ化などは,その典型である)。
このように,同じ「作図」や「補助線の追加」という言葉で表現される行為も,紙と鉛筆の場合と,作図ツールにおけるものとはかなり様相が変わってくる。
3.5 軌跡(幾何的対象の動いた跡/条件を満たす点の集合)
作図ツールでは,図を動かして調べることができるが,その動き等を視覚的に表示するための基本的な機能が「軌跡」である。Geometric Constructor においては,幾何的対象の運動の跡としての軌跡の機能と,点P が動いたときに,条件f(P)>,<,=0がどういう領域で成立するかを残すという意味での,条件を満たす点の集合としての軌跡の機能を持っている。軌跡が特定の形(直線,円など)になる場合や,極値となる場合などは,関数関係を調べるときにもかなり有効に使える。
3.6 作図によるグラフ化
Geometric Constructor において,この機能を追加した経緯は,次章の事例で述べているが,測定や数式によって得られた数値(変数)を使って,新たな幾何的対象を作り,その軌跡を取るというアイデアによって,関数関係は容易にグラフ化される(具体的な事例等は次章)。Geometric Constructor における手続きは,若干煩雑なので,改良の余地はあるが,このような機能を強化することによって,作図ツールは,関数関係を調べるための環境としての性格を十分に持つことができるようになるだろう。
4.関数関係の探究に関わる2つのケーススタディ
4.0 はじめに
ソフトは,使いこむことによって,開発当初の想定とは変わった側面を見せるようになる。そして,そこから,その環境における「数学的探究の探究」が始まる。同時に,ある時点での環境(ソフト)を使った数学的探究に問題点を感じたときに,それらの探究がより容易に実行できるようにするために,環境そのものを修正したり,ノウハウ等を蓄積したりする。このような意味で,コンピュータ利用の研究とは,数学的探究の研究であり,また数学的探究のための環境の研究である。そして,そのような研究を進めていく上では,ケーススタディが非常に重要な役割を占める。
「条件を満たす点の集合としての軌跡」の機能に関しては,飯島(1995)の中で記述しているが,以下では,Geometric Constructorの開発(や改良)において,関数関係の探究のケーススタディとして特徴的な2つの事例を挙げる。なお,探究例と言っても,飯島(1995)や飯島(1996)のように,実際の探究の記録そのものの記述ではなく,一つの問題に関して,実際にこういう探究があったという記述やこういう道具を使うとこうなるのではないかというアイデアなどが混在しているが,複数の環境(ソフト)を念頭に置いて,関数関係の指導の在り方を考えるための資料としては,こちらの方が適切ではないかと思ったためである。
4.1 三角形の内心に関する角の関係
まず第一の例を問題の形式で,提示しよう。
問題1 : 次の図における x =∠BAC と y =∠BIC の関係を調べよ。
図1
(1) 推論から分かる関係
元々,この問題は,推論による証明のための問題である。次のような解答が考えられる。
ΔABC に注目すると,
∠ABC + ∠ACB + x = 180 °
ΔIBC に注目すると,
∠ABC/2 + ∠ACB/2 + y = 180 °
よって,
∠ABC + ∠ACB + 2 y = 360 °
よって,
2 y - x = 180
y = 1/2 x + 90
つまり,yはx の一次関数になる。
(2) 数値の観察
さて,この問題を,「調べるための課題」として考えてみよう。つまり,作図ツールで図を動かして調べることが可能な状況において,「x とy にはどういう関係があるだろう」と問うのである。このとき,図を動かすだけでは,やはり手が出ないだろう。そこで,二つの角の大きさの測定値を表示しておく。
図2 図3
このことによって,「数値の観察」は容易に行える環境が整備されたわけである。いろいろな図を作って,分度器で測定するのとほぼ同じで,しかもより迅速かつ精確な環境ができたわけである。
(3) 数値の観察だけでは分からない -推測と反駁の例 -
答えを知っている側からすると,数値の観察が容易になったことによって,かなり発見が支援されるように思える。最初に授業でこの事例を扱っていただく前の検討会のときも,「かなり気がつくのではないか」と思っていた。しかし,現実はそう甘いものではなかった。図を動かすことによって,確かに数値は変わる。「変われば変わる」という現象が見えるのだから,「関数関係がある」ということは分かる。(逆に,円周角のように,「変わっても変わらない」ものは,不変であることに意味があるとは限らない。「無関係だ」と思う生徒もかなりいる。)しかし,少なくとも,それを漫然と観察したって,何も分からない。その授業で,かなりの生徒は次のようなプロセスは経験していた。
「x = 60 のときに y = 120 になる」
「y = 2x かな」
少し図を動かしてみる。
「大体そうだけど,少しずれているよ」
「多少は誤差があるんじゃないかな」
さらに変形を続けると,そのずれが大きくなって,無視できなくなる。
「y = 2xじゃないみたい」
考えようによっては,このような,推測と反駁のプロセス自体は,作図ツールを使ったからこそ生まれたものかもしれない。紙と鉛筆では生じにくいだろう。実際,いくつかの三角形を調べてみよう,ということになれば,正三角形,直角三角形などと,いくつかの典型的なものを調べるだろう。そのときには,連続的変形によって,だんだんずれが大きくなるということでなく,正三角形のときは2倍だが,直角三角形のときには違う,というような認識になると思われる。
同時に,そのように,自分なりの推測を持ったときに,それに当てはめながら観察し,合っているかどうかを調べ,検証するというプロセスは「数値の観察」だけでもできるが,反駁されたときに,「次の推測」を立てるとき,「数値の観察」だけでは足らないのである。
(4) ソフト以外の「表」や「グラフ」の利用
その授業において,大半の生徒は困った。次に何をどうしたらいいのか,困った。コンピュータは役に立ちそうもないからと,紙と鉛筆で推論を始める生徒もいた。しかし,幾人かの生徒は自分なりに突破口を見つけた。一つは「特殊化」であり,一つは「表やグラフの利用」であった。たとえば,次のような図を意図的に作り, 典型的な場合を見いだしたのである。また,別の生徒は,小数点以下第二位まで表示されるいろいろな数を,ノートに記録しはじめたのである。
図4 図5
x = 60 のとき,y = 120 x = 90 のとき, y = 135
図6 図7
x = 180 のとき, y = 180 x = 0 のとき, y = 90 (推定)
そして,これを表にしたり,またグラフに表現することによって,関係性を調べはじめた。そういう突破口を見いだした生徒が現れたので,授業者は,それらを紹介し,多くの生徒が方向性を持って調べ続けるようになった。(詳しいことは,上越教育大学附属中学校(1991)pp.72-79)
この事例から示唆されることは,「コンピュータ以外のものをうまく活用するスタンスを持つことが重要」ということである。つまり,そのソフトの機能だけですべてを処理しようというのではなく,「紙と鉛筆」による表やグラフあるいは,演繹的推論も積極的に併用する心構えを持つことである。そして,数学的探究として,うまい目の付けどころを持った生徒を生かすということである。実際,通常の授業でもそうであるが,すべての生徒がいい方法を思いつくとは限らない。しかし,40 人前後の生徒が作業を行うときには,いろいろなアイデアが出る。それをうまく生かすことは,授業を成功させる上でも,またよりよい数学的探究のプロセスを発見する上でも,不可欠の要因である。
(5) 環境内での「グラフ化」の可能性
ソフトのユーザーとしては,上記のような使い方もあることを知り,それをうまく生かすことでいいだろう。また,そういうソフトを使った授業者としては,授業のノウハウとしてまとめることや,教材の新しい扱い方についてまとめるということでいいだろう。しかし,そういうソフトの開発者の立場においては,それだけでは不十分である。つまり,
「関数関係の探究を部分的には支援するが,数値の観察だけでは不十分」
ということが分かったわけである。関数関係の探究を支援する道具として洗練していくためには,
- ソフトおよび他の道具の使い方・数学的探究の進め方に関するノウハウを明らかにする
- この探究の中で使われた思考過程を支援するような機能を,その環境(ソフト)の中で実現することを模索する。
の2つの方向について研究することが不可欠になる。
たとえば,上記の事例の分析から示唆されることは,「調べて得られた測定結果を元にして,グラフ化することを環境内で実現する」ことが,具体的な課題となるのである。
そして,Geometric Constructorにおいては,作図に関していくつかの機能を実装することにより,次のような手順で,グラフ化を行えるようにした。
(6) Geometric Constructor における「グラフ化」の実現
まず,基本的な着眼点は,作図における対象として,「点」,「線」,「円」の他に,「数」を含めることである。そして,測定等によって構成した「数」を使って,点を決めたり,円を描いたりする方法を使えるようにすることである。この問題では,二つの測定値の間の関係を調べたいので,「xy座標を与える」を利用する。図の座標をそのままグラフの座標として使うので,「0 〜180 」の範囲をx,y が動くのは大きすぎる(通常の画面では,xは -16〜16の範囲)。そこで,x/20, y/20 という変数を数式機能で作成しておく。このx/20, y/20という数値を使って,E(x/10,y/20)という点を構成し,軌跡を設定して,点A をいろいろと動かすのである。すると,次のようなグラフが得られる。
図8 図9
数式で必要なものを作成
図10 図11
「xy座標を与える」で点を作る 点Aを動かしながら軌跡を残してグラフを作る
図12
変形時に「A」を押すと座標を表示
ここから,細かい情報までを読み取ろうとするのは無理があるかもしれない。しかし,グラフがほぼ直線と見てよさそうなこと,x = 0のときのy = 90が切片になり,x=180のときのy=180 が最大値になりそうなことがほぼ観察できる。また,上図のように,座標軸を表示すれば,「グラフ用紙」に書き込む作業とほぼ同程度のことができる。グラフを描くことで,自動的にその関係式が得られるわけではないが,このようなことを観察できれば,それを手掛かりに,「どうしてそうなるのか」等に探究を進めていくことができるであろう。しかも,このような「調べ方」は,「この問題」にのみ限定されるわけではない。2つの変数の関わりの概略を知りたいと思うときに,汎用的に使える方法である。
(7) 環境内での「数式」に関する思考の可能性
上記において,「グラフを描くことで,自動的にその関係式が得られるわけではないが,このようなことを観察できれば」と述べた。あるいは,さらに進めて,そのような関係式を自動的に表示したり,軌跡が表す曲線や領域の式を表示したり,逆に,数式を入力することによって,それを一つの操作や処理の「対象」として扱えるようにする可能性もある。(Geometric Constructorの場合,現在はDOS アプリだが,BASICで記述しているDOS アプリとしてはほぼ規模的に限界なので,現状の拡張としてそのような機能を追加することは不可能だが,Windows等ではソフトの規模は飛躍的に大規模にできるので,そのようなソフトが開発されるのも時間の問題であろう。)
そのような環境においては, 「図形や関数関係を考える手段としての『数式』」の役割と,実際に扱える問題の範囲がかなり拡大するであろう。
4.2 PA + PB の最短問題
関数関係を調べる問題として,次のよく知られた問題を素材としてみたい。
問題2
右図のように,直線 lと,l上にない2点A,B
がある。l 上に動点 Pをとるとき, PA + PB が
最小になるようにするには, P をどこに取った
らいいか。
図13
(1) 通常使われる幾何的推論
この問題に対しては,通常,次のエレガントな解答が知られている。
解答
直線 lに関して点B に対称な点をB'とする。
直線AB' と直線l の交点をP とすればよい。
実際,この点をP'とすると,一般のP との関わ
りは,右の図で示されるように,明らかだから
である。
図14
(2) 「測定」による最短点の探究
作図ツールを使うと,「測定」を使う方法が
考えられる。つまり,実際にP を左右に動かし
て,PA+PBが最小になる場所を探すのだ。すると,
右のような場所を見いだすことが可能になる。
図15
(3) この問題の解決「だけ」を考えた場合の比較
この問題だけを考えた場合,通常の方法が優れているのは明らかである。作図ツールでは,近似的な場所が推測されただけのことだ。厳密には少し違っているに違いない。しかも,それがどういう特徴を持つ場所なのかは全く教えてくれないのだから,それを考えなければならない。これに対して,上記の通常の推論は,場所を明確に示してくれるだけでなく,その理由も明確に与えてくれる。
(4) 「グラフ化」による最短点の探究
しかし,それでも欠点を探すとすれば,「エレガント過ぎる」点であろう。つまり,「最短点」は明確に分かるし,その理由も明確だが,それが「どれくらい短い」のかは分からない。どういう関数における最小点なのかは分からない。
「どういう関数の最小点なのか」ということにこだわるならば,測定によって得られたデータのグラフを作ることが一つの方法となる。
P の位置と f(P)=PA+PB との関係を調べたいので,次のような図を作図する。(グラフ化の基本的なアイデアは,Pを中心にして, f(P)を半径とする円を作図し,Pを通り lに垂直な直線との交点を取り,それらを結ぶことによって,棒グラフを作るというものである。)
図16 図17
元の図 測定と数式で変数を作る
図18 図19
グラフ作成に必要な対象を追加 不要な対象の色を消す
そして,Pを動かしながら軌跡によってグラフを描くと,次のようなグラフを得ることができる。
図20
このようにグラフを作図してみると,確かにP'が最短点であることは確かなのだが,その近辺では,それほど変化しないことなども分かる。
(5) 通常行う「関数関係」に関する推論
上記のような方法でグラフを作成し,関数の特徴について調べるという方法は,かなりの範囲の関数に対して有効な汎用的な方法である。実際,上記のグラフは中学校などでは扱わない関数である。通常の「式」によって,その関係を表示してみると,
f(P)= PA + PB
= √(AM ^2 + MP^2)+ √(BN ^2 + NP^2)
= √(AM ^2 + MP^2)+ √(BN ^2 + (MN - MP)^2)
となる。つまり, x = MPとすると,
f(x)= √(k1 + x ^2) +√(k2 + (k3 - x)^2) (*)
という形の関数であり,式の形のみから,グラフの概形などは分からない。最小値を求めるための方法として微分を前提とするとなると,無理関数の微分であるから,高校3 年生までは扱えない事象ということになるのである。
(6) 「この関数関係の把握」という意味での比較とテクノロジーによる支援
このように,この問題を最短点のみを求めると考えるならば,その解法が初等的に可能ということから小学校高学年でも扱えるが,関数関係の把握を「式による処理」によって行うためには,高校3 年生まで待たなければならない教材ということになる。しかも,無理関数の微分を前提とするならば,現在のかなり多くの高校生にとっては,手が出せない問題ということになってしまう。
だが,果してこの問題状況は,そのようなかなり限られた高校生のみに適したものと考えるべきなのだろうか。それに対する一つの方策は,テクノロジーの利用である。たとえば,次のような使い方が考えられる
a. 作図ツールによるグラフの描画
上記の図によって,グラフを描画する。関数関係の元になっている幾何的な関係を意識化し,それを作図によって構成するという方法を取る。結果として得られるのは,グラフの概形のみであるが,概形を知るという意味では,かなり汎用な方法である。
b. 関数描画ソフトによるグラフの描画
式によって表現された関数(*)の最小値や概形を求めるために,微分を使うことを前提とすると高校3 年生でなければならないことになるが,(*)の式を作るのに必要な数学的知識は3 平方の定理であり,中学校3 年生でいい。そこで,もう一つの選択肢としては,立式までを通常の方法で得た後で,
y = SQR(10^ 2 - x^ 2) + SQR(5 ^ 2 - (10 - x)^2)
のような式を入力することによって,その概形を関数描画ソフトによって得るという方法もある。
図21
4.3 「PA + PB の最短問題」の変形
問題 2を解くだけであれば,小学校高学年でも十分ということだったが,問題を変えてみるということは難しい。というのは,この解法があまりにエレガントであるために,それが通用する範囲が非常に限られているからである。問題の条件を少し変えても,使えなくなってしまうからだ。以下で,いくつかの観点で問題の条件を変えてみよう。
(1) g(P)=AP ^2 + BP^2
元の問題では,経路全体の長さを問題にしてい
たので,AP とBPの和の最小値に注目していた。そ
れを少し変更し,それらの2 乗の和はどうなるか
に注目してみる。すると,問題 2のときには使え
た方法は,今回は使えない。しかし,作図ツール
でグラフを描くと,次のようになり,その概形と
最小値の場所がほぼ中点であることが分かる。
図22
実際,式を変形してみると,
g(P)= PA^2 + PB^2
= (AM ^2 + MP^2)+(BN^2 + NP^2)
= (AM ^2 + MP^2)+BN ^2 + (MN - MP)^2
= 2 MP^2 - 2 MN*MP +...
= 2 (MP - MN/2)^2 + ...
となる。
つまり,この問題の場合には,3平方の定理を学習した中学校3 年生であれば解けるわけだ。
しかし,当然のことだが,3,4,5乗等に関しては,式による処理を要求するのであれば,やはり微分が必要となってしまう。一方,作図ツールによる概形は,どのような場合でも,同様に得ることができる。
(2) 直線を円に変える
次に,問題 2の中の「直線 l」を,「円 C」に変えてみる。注目するのは,PA + PBの最小値である。
式を作って処理する方法を取ると,A(a,b),B(c,d),P(r cosθ,r sinθ)とおくと,
f(P)= PA + PB
=√((a-rcosθ)^2 +(b-rsinθ)^2) +√(((c-rcos θ)^2 +(d-rsinθ)^2)
=√((a ^2+b ^2+r ^2)-2r(acosθ+bsin θ))+ √((c ^2+d ^2+r ^2)-2r (c cosθ
+ d sin θ))
となる。それぞれのルートの中で,三角関数を合
成できるところまでは見通せるが,実際に微分し
て極値を求める元気は(私には)出なかった。関
数描画ツールがあれば,それによって,概形と最
小値を求めてみるというところか。ただ,具体的
な数値は求まっても,その幾何的な意味は分かり
にくいように思えた。
図23
作図ツールによるグラフの描画機能を使うと,
次の図の場合が最小値であることと関数の概形が
分かったが,やはり幾何的な意味は分からなかった。
直線のときは,幾何的な意味が明確だったので,作図ツールで幾何的な意味が分かるような作図の仕方はないかと試行錯誤をしてみた。たとえば,直線の場合の「線対称」の概念に対して,「円に関する反転」等が使えないかと,いろいろな推論をしてみたのだが,うまくいかなかった。
図24 図25
また,推測としては,「直線のときの反射」のイメージで,Pにおける接線と,PA,PBのなす角が等しくなる場合に最短になることが予想される。作図ツールによる測定では,大体それは裏付けられたのだが,「証明」をどのようにしたらいいのかは分からなかった。
5.テクノロジーを用いた関数指導のために
5.1 「特定の関数」の指導から「関数の調べ方の指導」へ
冒頭でも述べたが,これまでの関数の指導には,様々な制約があった。そして,その結果,「特定の関数の指導」はそれぞれの学年で行われていても,関数全般に通用する「関数の調べ方」の指導はほとんど行われてこなかったと言っていいだろう。あるいは,「関数の考えの指導」を考えた場合,その主旨が最も反映されているのは小学校であり,中学校,高校などへと進んでいくに応じて,特定の関数に関する話題に矮小化されてしまってきたのである。
テクノロジーを利用して関数指導を改革することを想定するのであれば,まず意識化すべきなのは,そのような「特定の関数」の指導という形態をいかにして打破するかということではないだろうか。実際,多くのソフトは「かなりの範囲の関数群に適用可能な手続き」を実現したものである。手作業や手計算における制約のかなりの部分を解消している。その結果,「原理的にやればできることは分かっているけれどもやらない」方法が,実際に実行可能になり,そしてかなり有効になる。
テクノロジーのこのような特徴をどのように反映するかが,基本的な視座となるべきであろう。
5.2 想定する環境(群)の明確化とそれぞれにおける「関数関係を探究する」プロセスの同定
本稿の中では,関数関係の探究を支援するためのアプローチとして4 つのものを挙げたが,これらのみで十分とは言えないかもしれない。また,それぞれのカテゴリーをより分類する必要があるかもしれない。しかし,いずれにしても不可欠なのは,何らかの特定の環境(ハード・ソフト等)のみで利用可能な実践やノウハウを蓄積するということではなく,複数の環境で共有可能な成果,そして複数の環境を比較可能な研究のスタンスであると思う。
そのような形で研究を進める上で必要なもの,そして,「関数の調べ方の指導」を確立する上で基本的なものは,それぞれの環境における「関数関係を探究するプロセス」を同定することである。
5.3 環境ごとの特徴の明確化と比較
そして,それぞれのプロセスが生きるような問題群を明確化し,環境相互の特徴を事例の面からも比較可能にすることが必要である。テクノロジー利用では,多くの場合,それらを組み合わせることができる。あるいは,組み合わせることができるように,データの互換性や共有性の確立を行ったり,あるいは,統合された環境を開発することも可能である。そのような面を進めていくためにも,環境ごとの特徴の明確化と関連性の明確化は不可欠な作業であろう。
5.4 ネットワーク上のリソースの構築
飯島(1996)の中でも述べたように,「テクノロジーの影響を明確化するためには,それらの様々な変数について,様々な具体的な事例を収集・分析・議論することが不可欠である。この作業には多くの人の参加が必要であり,ネットワークを利用したデータベース構築が有力」である。具体的にどのような形でリソースを形成するのがよいのかは今後の検討課題であろうが,現在,Geometric Constructorに関するものは,「GCワールド」という名前で,構築をしはじめているところである。
(http://www.auemath.aichi-edu.ac.jp/teacher/iijima/gc/world.htm)
5.5 カリキュラムとの整合性の検討
また,最後の残る問題は,カリキュラムとの整合性の問題である。実際,現在のカリキュラムは「紙と鉛筆」の環境を前提として構築されている。そしてまた,それを前提とすると,「特定の関数」の学習が中心となるのも不可避的なことである。現行のカリキュラムの下でのテクノロジー利用を検討する場合は,そのカリキュラムとの整合性を検討することが不可欠になる。また,新たなカリキュラムを模索する場合にも,全く新しいカリキュラム像というのは現実的でないだろう。現行のカリキュラムのどういう部分を削減する代わりに,どのようなものを新たに盛り込むのかなどに関する議論を進めていくことが必要になるだろう。
付記:本研究の一部は,文部省科学研究費補助金(奨励研究(A) 課題番号08780148ト基盤研究(A) 課題番号08308014 (研究代表者, 杉山吉茂) によって支持されている。
引用文献
- 飯島(1991)「作図ツールの導入に伴う作図の新しい役割について」,数学教育論文発表会論文集,24, 日本数学教育学会,275-280
- 飯島(1995)「『数学的探究=F(環境)の研究』としてのコンピュータ利用の研究」,イプシロン,愛知数学教育学会誌, 37,pp.33-58
- 飯島(1996)「テクノロジーを用いた数学的探究の研究において注目すべき諸変数について -学習環境の変化によって変わるもの -」,数学教育論文発表会論文集,29,日本数学教育学会,499-504
- 上越教育大学附属中学校(1991)『コンピュータで授業が変わる』,図書文化(1991)
- 垣花(1992)「新しい幾何学習環境としての'GeoWorld'」,筑波数学教育研究,11A,1-10
注
- 以下はUBASICで記述した簡単な関数描画ツールである。陽関数を式で入力することによって,その概形を描くことができる。また,入力した式をそのまま使えるのは,UBASIC の特徴である。Quick BASIC など,他の言語を使う場合,式のインタプリタを作らない限り,プログラムの一部を変更しながら実行するという方法が不可欠になる。
10 dim F$(10)
20 screen 1
30 cls 3
40 FuncNum=1
41 Dwidth=1
42 PI=atan(1)*4
50 print " 式を入力してください"
60 strinput F$(FuncNum)
70 F$(FuncNum)=encode(F$(FuncNum))
80 MaxOfX=15
90 cls 3
100 MaxOfY=MaxOfX*480/640
110 Dp=MaxOfX/320
120 window (-MaxOfX,MaxOfY)-(MaxOfX,-MaxOfY)
130 line (-MaxOfX,0)-(MaxOfX,0),7
140 for I=-int(MaxOfX) to int(MaxOfX)
150 line (I,5*Dp)-(I,-5*Dp),7
160 next
170 line (0,-MaxOfY)-(0,MaxOfY),7
180 for I=-int(MaxOfY) to int(MaxOfY)
190 line (5*Dp,I)-(-5*Dp,I),7
200 next
210 if FuncReDraw=0 then FuncStart=FuncNum else FuncStart=1
220 locate 3,1
230 for FuncCT=FuncStart to FuncNum
231 locate 1,FuncCT+3
240 print FuncCT;
250 F$(FuncCT)=decode(F$(FuncCT))
260 print "f(x)=";F$(FuncCT)
270 F$(FuncCT)=encode(F$(FuncCT))
280 for X1=-int(MaxOfX/Dp*Dwidth) to int(MaxOfX/Dp*Dwidth)
290 X=X1*Dp/Dwidth
300 Y=val(F$(FuncCT))
310 if abs(Y)"M" then goto 350
480 input "Max of x ";MaxOfX
490 FuncReDraw=-1
500 if MaxOfX<=0 then end else goto 90