第31回数学教育論文発表会論文集 : 論文発表の部

Geometric Constructor / Win の開発とネットワークとの連携

−数学的探究の記録・公開・共有を支援するために−

愛知教育大学 飯島康之

要  約

筆者は, 作図ツールGeometric ConstructorのWindows版であるGeometric Constructor/Winを開発した。既存のDOS版とのデータ互換性・操作性に最大限の配慮をした。同時に, それを使った数学的探究等の記録等を作成しやすいように工夫した。さらに, ネットワークとの連携を重視し, WWW上でそれらの記録を公開・共有しやすいように設計し, 具体的な試みとして, WWWでの資料の充実や, メーリングリスト等との連携を行っている。そして, その具体的な様子をケーススタディによって明らかにした。このような試みをより本格的に行い, 様々なデータを蓄積していくことができれば, 数学的探究に関する具体的なデータを共有して, 様々な数学的探究の分析やそれを元にした授業設計を進められるため, 数学的探究そのものに関する研究が促進されると同時に, 今後の学校教育におけるカリキュラムの多様化を支援する基礎資料になると思われる。

1.数学教育でのテクノロジー利用のためのインフラとしてのネットワーク

数学教育でのテクノロジー利用に関しては,研究として行われていることが, 果たして実際の教育実践とどの程度結びつき, そして,実際のカリキュラム改革と結びついていると言えるだろうか。私は, 大きな疑問を抱いている。その原因の一つは, 「それによって,数学的探究がどう変わるのか」に関する知識やノウハウの公開・共有が乏しいため,それをどう使うと適切か,またそれを前提としたら,どういうカリキュラムの可能性があるかという研究が進まないことにあると思う。ある人にとって,あるソフトを使ってある種の数学的探究が可能になったとしても,それが,その人個人にとっての知識にとどまっていている。また,それぞれの努力に連携性がないため,同じようなことの繰り返しが多い。そのため,全体像が分かりにくく,全体としての進展が進みにくくなっている。

このような閉塞的な状況を打開するための一つの可能性を,ネットワークが提供している。研究機関は現在でもネットワーク化されているが,2003年までにはすべての学校もインターネット接続される。今までとは違った形での研究と実践との関わり合いが可能になる可能性がある。研究室内での試みもある学校での試みも,ネットワーク上で公開すれば,すべての学校・研究機関からアクセス可能になる。それによって,数学教育に関する研究の在り方や,それぞれの連携の在り方も変わっていく可能性がある。

このような可能性をどう生かしていくのかは, 数学教育全体にとっても今後の大きな課題であるが, 特にテクノロジー利用においては, 焦眉の課題である。

2.GC/Winの開発とその特徴

上記のような認識から, 筆者は1995年末からGeometric Constructor(以下,DOS版のGeometric ConstructorをGC/DOSと略す)に関連する情報をWWWで公開するようになった。最初はソフト本体やマニュアル類を,そして各種論文や様々な資料をWWW化した。1997年までは, WWWでは基本的に文書や画像を提供し,「読む」ための資料を公開していた。さらにそれを進めるための環境整備として, 1997年10月からGeometric Constructor/Win(以下GC/Winと略す。なお, 既存のDOS版のGeometric Constructorは, GC/DOSと略す。)を開発した。

2.1 基本的な指針

開発時の基本的な指針は二つである。

(1) GC/Winはネットワーク利用に適した設計にする。
(2) GC/WinとGC/DOSはできるだけ互換性も持たせる。
(1)の意味は二つある。一つはデータを作成しやすくするということで,数学的探究の記録等をまとめる作業を,これまでよりも容易にすることである。もう一つは,そのようにして作成し,ネットワーク上で公開されたデータにWWWを通じてアクセスするときに,使いやすくすることである。(2)は,GeometricConstructorに関連して利用可能なプラットホームとしてWindowsとDOSの両方を位置づけるためであり,使われる環境を選ばないためである。

2.2 GC/WinとGC/DOSの互換性

データに関しては,一部を除いて互換にした(点の属性としての「ペイント」を削除した。)。また,作図・測定等の手順に関しては,Windowsの標準的なメニュー構成に準拠したので,若干の操作上の違いはあるが,ほぼ同じものを実現した。GC/DOSに慣れている人は,それほど戸惑わずにGC/Winを使いこなしているようだ。しかし,GC/DOSとの操作性の共通を優先したので,幾何的対象の選択等の操作感は,通常のWindowsアプリと若干異なる面ができた。

2.3 (単体ソフトとして)追加・向上した機能

ver.1.1.4の段階では,作図等に関する機能の追加は行っていない。Windowsのソフトらしい機能の追加として,フォントの変更などがあり,また線の幅・背景色の設定等の機能は,従来のものが強化された。GC/DOSでは,特に軌跡の描画に必要とするメモリが足りなくなってエラーが生じることがあったが,それは根本的に解消された。

2.4 数学的探究を記録するための機能

GC/DOSのときから,数学的探究を記録しやすくためのための様々な機能があった。DOS版はほぼすべての機能を単体としてのソフトの中に盛り込む必要があったが,Windowsのソフトでは,複数のソフトを組み合わせて使うことを前提として,いくつかの機能を削除した。その代わり,そのような目的に合わせた使い方をするためのノウハウを明らかにした。(なお,GC/DOS固有の機能でまだ実装していないものもいくつかある。)GC/DOSの場合には,それを使った数学的探究の記録と各種のデータは別々の形で保存されていた。しかし,ホームページの形に統合して記述することができるようになった。他のソフトとの連携が可能になった反面,教育用ソフトとしてのデメリットもある。Windowsソフト全般に共通することだが,GC/Winと並行して,別の(授業と関係ない)作業を生徒が行う可能性も生まれたり,Windows全般に関することを学習する必要性が生まれた。また今までは,フロッピィ1枚ですべての環境を制御できたが,Windowsのシステム全体の一部としての管理が必要になった。

2.5 GC/WinにおけるWWWとの連携

GC/Winは次の点でWWWと連携している。これらは,ホームページ上で記述された数学的探究を理解したり,そのときの思考を妨げることなく,GC/Winを使ってその内容について考える上で重要である。

(1)(internetexplorerの場合)エクスプローラでのアプリケーションの関連付けや(NetscapeNavigatorの場合)Helperの設定を行うことによって,WWWでGCのデータへのリンクをクリックすることによって,GC/Winを自動的に起動し,その図を表示してくれる。

(2)ヘルプ時にはブラウザを自動的に起動し,WWW上のオンラインヘルプも利用する。(最近では,CabriやGeometer'sSketchPadのサイトでも,NavigatorのHelperの設定の仕方やMIMEタイプに関連することが書かれ,データへのリンクも見られるようになったが,それらと比較しても,GCでの対応はかなり早かったことを述べておきたい。)

3.ネットワークとの連携の現状

3.1 WWWにおけるオンラインマニュアルや教材集の充実

ネットワークとの連携を図るためには,そのような機能を持つソフトを開発するだけでなく,ネットワーク上のコンテンツの充実が不可欠である。これまでに,次のような内容を充実させてきた(http://www.auemath.aichi-edu.ac.jp/teacher/iijima/gc/world.htm)。

(1)オンラインマニュアルいくつかのテーマに沿って,ソフトの使い方その他のノウハウを習得するためのリソースである。たとえば,「変形」に関しては,それを解説する文書とともに,「練習問題」がある。マニュアルを読んで学習した内容を,実際にいくつかの問題について行ってみることによって定着させることができる。現在ある項目は,「変形」,「軌跡」,「作図」であるが,さらに「数学的探究」と「授業のテクニック」の項目を予定している。

(2)問題状況・探究また,「問題状況・探究」のコーナーにおいては,様々な問題状況に関して,それを探究した経過や探究のための観点や手がかりを置いている。このことは同時に,既存の問題を元の文脈から切り離し,一つの問題状況としての図として見たときに,どのような探究の可能性があるかを明らかにしようとしている。既存のカリキュラムでの位置づけ以外の可能性を探るための基礎資料でもある。また,後述するように,そこで示している探究の途中経過のファイル等は,クリックするだけで,その続きの探究をGC/Winを使って行えるため,様々な事例を体験しやすいようにするためのリソース集でもある。必要に応じて少しずつ増やしているため,体系的ではないが,1998年9月現在,約140個の文書と約450個の図,そして約230個のGCデータがある。

(3)発問・指導事例集また,まだ数は少ないが,少しずつ集めているのは,同じ図形を出発点とする異なる発問の蓄積・比較や指導事例である。指導事例に関しては,指導案の他に,授業の様子の写真や生徒の感想文なども一部掲載している。

(4)検索機能IndexServerの稼働によって,本サイトの内容に関してはより詳しく,そして最新のデータを元に検索できるようになった。

3.2 コンテンツの量とアクセスの実際

1998年9月8日現在,飯島が作成・管理しているコンテンツの数量と本サーバーへのアクセス数は,次の通りである。 (さらに詳しいことはこちら)

種類量(MB)
すべて6376161.6
主なもの
html文書9407.2
text文書1734.0
GCデータ23950.6
画像(GIF)6423.1
画像(JPG)79251.7
圧縮(LZH)11245.6
実行・圧縮(EXE)7020.9

数学教室のサーバーへの平均アクセス数

回/日
1996年(1/23-12/31)248.4
1997年(1/1-12/31)1007.1
1998年(1/1-9/10)2178.6

この数値は上記のコンテンツ以外へのアクセス数も含まれているが(GCForumのトップページへのアクセス数は,1996年で3908,1997年で5878),年を追ってアクセス数が増え,安定してきている。コンテンツ量の増大や利用者の増大が影響していると言えるだろう。

4.ケーススタディ −数学的探究とネットワークの連携−

4.1 出発点

数学科教育の授業でのレポートで, あるグループが次の問題を取り上げていた。

問題1 : 次の図のように正三角形ABCがある。頂点Aを辺BCに折り返す。折り返した点をDとし,折れ目をEFとするとき,ΔBEDとΔCDFは相似になることを証明せよ。


GCで作図し,変形することによって, 本問における「いつでも相似になる」ことをデモンストレーションしたり, よりオープンな問題にして,それを発見するための道具として使えることが分かった。

4.2 三角形の一般化

作図ツールを使うと,既存の問題をいろいろな観点から考えてみることができる。そこで,私は正三角形という条件を一般化し,次の問題を考えてみた。

問題2:頂点Aを辺BCに折り返す。折り返した点をDとし,折れ目をEFとするとき,下の二つの三角形が相似になることはあるか。なるとすれば,点Dをどこにとる時か。


4.3 問題2に関して作図ツールを用いた探究の分析

公開講座やゼミなど,いくつかの機会にこの問題を提示し, 検討してもらった。作図ツールで考える場合には,どのような探究が生まれるのか,また,同じことを紙を折りながら考える場合には,探究にどのような違いがあるかを分析した。その結果,次のようなことが分かった。

(1) Dを動かしながら観察していると,「四角形 AEDF 平行四辺形になればいい」ということを,かなりの人が感じる。しかも,動かしながら観察すると,そのような場合は,一つだけありそうなことが分かる。

(2) 一方を平行にしたときに,他方も平行になるかどうかはきちんと証明しないと分からない。

(3) 平行四辺形になればいいというだけでは,具体的に D をどこにとったらいいかが分からない。

(4) その平行四辺形がひし形であることに注目し, AD が∠BAC の二等分線になることに気づくと, ∠BACの二等分線と BC との交点を D とすればいいことが分かる。

(5) そのため, 最終的な解答としては, 紙の三角形の方が, 「折る」という操作で得られるので, 作図ツールを使うよりも, エレガントと言えるかもしれない。

(6) しかし, そのためのいろいろな予想を立てるプロセスは, 作図ツールの方が容易なように思える。

4.4 (Aを動かす)問題3に関する探究の分析

問題2について調べるときに,興味深いことがあった。作ってあった図では,A,B,C,Dのいずれも動かせるように設定してあったため, D を動かして調べてうまくいかないと,Dは固定して, A を調べてみる人が多かった。紙の三角形のときには, ΔABC は変えられないので, そのような探究を始める人はいなかった。つまり, 次の問題は, 紙で考える場合と比較すると, 作図ツールで考える場合の方が, ずっと自然に生じる問題なのである。

問題3:頂点Aを辺BCに折り返す。折り返した点をDとし,折れ目をEFとする。Dの位置を固定し,Aを動かしたい。Aをどこに取ると,下の二つの三角形が相似になるか。


紙と鉛筆で考える場合,実験そのものが難しいため,問題2の結果を元に推論する以外に方法はない。しかし,作図ツールを使う場合には,少なくとも,次のような方法が考えられる。

(1) 三角形の対応する角が等しくなるようなAの軌跡を求める。

(2) 頂角の二等分線が点Dを通過するようなAの軌跡を求める。(視覚的にDを通るようにAを動かし,その軌跡から推測する)

(3) いつも頂角の二等分線が点Dを通過するような作図方法を考え,Aの軌跡を求める(AB:BD=AC:CDになるようにする)。

(4) 上記の条件はアポロニウスの円に該当することを推論し,円そのものの作図を行う。この場合は,さらに D を動かしたときの円の変化の様子を考える道も開かれる。

4.5 発問の候補の明確化

上記のような分析を元にして, この素材を元にした発問の候補を考察した。問題1,2,3の他に,「三角形の相似性」でなく,「四角形AEDFが平行四辺形になる(実際にはひし形になる)」場合に注目する発問や,「紙でうまく調べられないときには,作図ツールでどう作図したらいいか」という作図の問題としての発問も挙げてみた。

4.6 WWW化とその目的

以上の分析等をすべてWWWつまりホームページの形でまとめた。途中で現れる図は,静的な図(GIFファイル)と共に, GCデータとしても保存し, ブラウザの中で図をクリックすると, 自動的にGC/Winが起動し,その図が描画され, その続きの探究がすぐに行えるようにした。現在のところ, 合計80個のファイルで10ページ分がまとめられている。

このようにWWW化することによって,以下のような様々な利点が生じる。

(1) 多くの研究仲間とメーリングリスト/メールを通じた情報交換を即時的にそして,すべてのデータを共有する形で行える。

(2) 手持ちのデータの総体をまとまった形で公開すると同時に, 発問例を元にした授業設計・実施や別の観点からの探究・発問に関する分析などについて, 他の人が貢献可能な領域を明確化する。意見等を頂けば,それも掲載したり, 当該ページへのリンクを張ったりできる。

(3) このような事例をいくつも蓄積することによって, 作図ツールを用いた数学的探究の様相を具体的に明らかにすると同時に, その探究そのものを体験しやすい環境を作る。

(4) 発問および図などはダウンロードしたものをそのまま使ったり, 修正することが容易なので, 教育実践のための利用可能性が飛躍的に増加する。

5.今後の可能性と課題

5.1 カリキュラムの多様化を支えるものとしてのネットワーク

現在のカリキュラム改革の一つの方向は「削減」である。しかし一方で, 選択学習や総合の時間など, 教師が自主的に教材研究や授業設計を行う必要性がある領域が広がっている。それぞれの実態に合わせたカリキュラム構成を必然的にしなければならない方向にある。一言で言えば,カリキュラムの多様化がもう一つの方向と言えるだろう。

カリキュラムの多様化を支える主体は個々の教師である。それを支えるだけの力量を教師は身につけなければならない。同時に, それを支援するスタンスが研究機関等にも必要になる。

たとえば,カリキュラムの多様化を成功させるには, 様々な資料や議論が不可欠である。議論や資料の共有を日常化するためには, ネットワークを有効利用することが一つの可能性として考えられる。

同時に,そのような形で様々な教材開発や授業実践が蓄積されていくことで, 今までとは違った形でのカリキュラム開発を進めていける可能性がある。

5.2 組織的なリソースの形成

3.2で示した数値が示すように, これまでに作成したデータ量も,またアクセス数も, そろそろ「試験的」の域を越えている。同時にそのことは, 全体的な構成やそれぞれの項目の内容の確立や記述の仕方の標準化の必要性を示している。同時にそのことは, 作図ツールを用いた数学的探究の全体像の把握あるいは, 把握するための方法論の確立でもある。

一方, このような試みは, 単に私個人が納得できるものを, 単独で作ればいいというものではない。現在もある人的ネットワークをよりよいものに育てながら, 様々な連携・協調を行えるようにしていくことが不可欠になる。その中では, GC/Winユーザーのみでなく,他の作図ツールとの関わりや他の数学教育研究との関わりなどについても扱えるようにしていきたい。

参考文献

飯島・佐野[1996]「WWWを使った数学教育情報の共有の現状と可能性 - Geometric Constructorに関する試みを中心に」, 第29回数学教育論文集,pp.691-692